――第4章



 ごく最近まで、闇の世界で恐れられた一人の暗殺者がいた。
 その名をフィザー・ジュダード。
 人々は、その男の鬼のような気迫と強さから、〈鬼神〉ジュダードと呼んだ。
 誰もその正体を知らない、伝説の暗殺者である。

「…………〈鬼神〉、か」
 すでに事切れている男の死体を見下ろし、低い声で呟く。
「その名はもう、捨てたんだ…………」
 一人の少女と出会った、その日から――。

『フィーザス。あなたはフィーザスよ』
『関係ないわ。わたしはあなたの過去も現在も未来もすべて受け止めるから』

 そう言われたのは、出会ってから少し経ったときのことであった。
 もう、何年前のことだろうか。
 ルイアとはじめて会ったのは。
 物心ついたときから独りで、殺さなければ殺される世界で生きてきた。必死で生き延びてきた少年 は、気がつけば闇の世界で恐れられるほどの実力を持っていた。それが十三歳くらいのこと。その頃 から彼は〈鬼神〉と呼ばれていた。
 その、“最強”の座をほしいままにしてから、三年ほど過ぎた。そして、彼はルイアと出会った――。
 まだルイアの母レイシアが生きていて、二人が城などではなく普通の民家で暮らしていた頃の話だ。
 きっかけなど、大したことではない。ルイアはその男が〈鬼神〉と呼ばれている暗殺者だと知って いた。ルイアの母レイシアも知っていた。それでも二人は〈鬼神〉と呼ばれていた男を受け入れた。
 目撃者は消す――それがルールだった。
 それでも、どうしても男にはその二人を殺すことなどできなかった。何故だかはわからない。理由 などない。ただ、殺すという言葉は頭に浮かばなかった。
「え? 何? フィザー・ジュダードって言うの?」
 今よりも少し幼いルイアが意外そうな表情をしたことを覚えている。
「フィザー・ジュダード……フィザー、フィザーか……」
 ぶつぶつと呟いた後に、ぱっと顔を上げて言ったのだ。
「じゃあ、フィーザス。あなたはフィーザスよ。これからそう呼ぶから」
 と。


 ゆっくりと馬車のある場所に戻ってきたフィーザスは、ふとその方向が騒がしいことに気が付いた。
(何だ……?)
 もう暗殺者はすべて倒した。不安要素は何もないはずだ。
 でも、何故か心がざわめく。それに、早くルイアの元に帰らなくてはいけなかった。自分の中の闇 を抑えきれなくなる前に――。
「な、なあ、ヤマト……。ど、すれば……」
「どーすればって、どーすることもできねぇよ……俺たちには……」
「んなっ!? 無責任なっ!?」
 シーラやジェス王子たちが駆け寄るが、何も反応を示さない。
「無理だ……聞こえねぇよ、俺たちの声は…………」
 呻いたヤマトの声は事実だった。
 この場にいる誰もがそれを痛感していた。
 そして、どうすることもできなかった。
「ちくしょぉ……! どこに行ったんだよ、フィーザスのヤツ……っ!」
「呼んだか?」
 あっさりと返って来た返事にヤマトは驚いて振り返る。
「てめっ! 遅いんだよ! 一体今までどこで何して――――」
「何があった?」
 ヤマトの言葉を途中で遮る。フィーザスの目はすでにヤマトを見ていなかった。
 その視線の先には、皆に囲まれてしゃがんでいるルイア。その隣ではシーラやジェス王子が悲痛な 面持ちで精一杯ルイアから顔を背けている。
 そして、ルイアの視線の先にあるのは、地面。地面に横たわっている一人の青年。喉を刃物で掻き 切ったような痕。そこから溢れ出した鮮やかな血。閉じられた瞼の、血の気を失った顔。
 もうすでに心臓が止まっていた。
「お、俺たちが少し、離れた隙にそいつが目を覚ましたらしくって……麻薬の禁断症状から自分の喉 を……」
 切って自殺したというわけか。
 それでルイアは責任を感じているのだ。
 まったく、ルイアのそういうところは少しも変わっていない。
「ルイア」
 頭の上で優しく響いた声に、はっとしてルイアは顔を上げた。
 必死で抑えていた涙が堰を切ったように流れ出す。
 涙で顔を歪ませながら、それでもそこにいるとわかる存在。
「あ……あああ……わたしの、せいで…………」
 先ほどまで何の反応も見せなかった少女が嗚咽しながら、ほとんど無意識に青年の衣服を掴んでい た。
「わたっ、し……わたしが、ひっく、目を離さなければ……ひっく、死ななかった……」
「お前のせいじゃない」
 ルイアの言おうとしていることを理解して、フィーザスはそれだけ言った。それ以外何も言わなか った。何も言わず抱きしめた。
 ルイアは声を上げて泣き続けた。
 死んでしまった青年への、やりきれない思いが溢れたように。
 助けようとして、助けられなかった自分への、自責の念のように。
 誰よりも命の大切さを理解している娘。
 いつもの強い彼女ではなかった。
 すがりついて泣くしかできない少女だった。
 夜の荒野に彼女の泣き声だけが、虚しく響き渡った――。


「……泣き疲れて、眠ったようだ」
 自分の腕の中に視線を移したフィーザスは、すやすやと小さな寝息を立てながら眠る少女の質量を、 確かに感じる。
「……そうか」
 ヤマトとビオは安堵の溜息を漏らす。二人ともルイアのことを心から心配しているのだ。
 でも、肝心な時に何もできない。フィーザスに任せるしかない。自分たちはただ見守ることしかで きない。
「ヤマト、ビオ、後は頼む」
「おう。任せろ」
「手厚く葬っておきます。フィーザス殿はどうぞ馬車の中で休んでください。ルイア殿を、お願いし ます」
 頷いて、ルイアを抱え、フィーザスは馬車へと戻っていく。
「その少年は何が何でも死なせるな。今度こそルイアが自分の心を失う恐れがある」
 去り際にフィーザスが残していった言葉を、ヤマトもビオも強く噛み締めた。
 二人にも、それが痛いほどよくわかっている。ルイアは自分のことよりも、他人のことを気遣う人 間なのだ。その優しい性格のために、時には、このようなことが起きる。
 フィーザスの姿が馬車の中に入ったのを確認すると、二人は早速作業に移った。
 もう一人の麻薬中毒者の少年は、どんなことがあっても死なせられない。死なせてはいけない。
 まだ気を失ったままの少年から目を離さずに、死んでしまった青年を丁重に埋葬する。
 周りにいた人たちも手伝ってくれたので、早く終わったのだが、皆馬車へは戻らずにその場に留ま っていた。

『我らはしのび忍。表舞台には決して出ぬ影の存在。主人に絶対服従を誓い、命をかけて任務を遂行する』
『それこそが我らの誇り』
『命を惜しむな。主の命に従い、散っていく。それが忍。忍の誇り』
『忍に感情などいらぬ』
『絶対服従だ』
『忍とは道具なのだ』
『命を惜しむな』
『死を恐れるな』
『主の命令をただ忠実にこなせばいい』
『忍に感情などいらぬ』
『忍に感情などいらぬ』
『忍に感情などいらぬ』

(うるせぇっ!)

 しゅぼ……
(ちっ。ヤなこと思い出しちまったぜ……)
 煙草に火をつけたヤマトは、ゆっくりとその煙を吐き出す。
「やりきれねぇな、こんな夜は……」
 煙草でも吸って気を紛らわさないと、とても。
「ビオ、お前も吸うか?」
「いえ。拙者は結構です」
 地面に腰を下ろしたビオも、やりきれない気持ちでいっぱいだった。特にすることもなく、空を見 上げそのまま寝転がる。
 今夜は曇っていて星が見えない。
 吹き付ける風は凍るように冷たい。
 それでも馬車の中に戻る気はしなかった。
 折角眠ったルイアをそっとしておきたかった。
「あたしにも、一本ちょうだいよ」
 そう言ってきたシーラに煙草を一本渡し、火をつけてやる。シーラも煙草でも何でもいいから気を 紛らわしたかった。あんな……あんな、ルイアの姿を見たのだから。
 シーラが見てきた今までのルイアは強かった。強くて優しかった。
 ルイアの弱いところなんて想像もつかなかった。
 声をかけても何の反応もない、ただ呆然としているルイア。強さ故に泣くこともせず、死んだ人間 を見下ろしていた。最初は、特殊部隊隊長という肩書きがそうさせているのだと思った。
 でも違った。
 ルイアは一人の青年の登場で、自分の弱い姿をすべてさらけ出した。
 人目も気にせず、ただ泣いた。泣いて、泣いて、泣き疲れて、眠った。幼い子供のように。
「あーゆートコ見んとさ、ルイアがまだ十五の少女だって実感させられるぜ……」
 視線を落とし、苦々しく息を吐き出す。
「そうですね……。いくら武術の腕が優れていると言っても、まだ十五なのですよね、ルイア殿は… …」
 ビオも、何もできなかった自分の手を握り締めた。悔しさでいっぱいだった。
「側にいる俺たちがわかってねぇとな……」
「……いつのまにか、拙者たちもルイア殿の強さにすがっていたのかも知れません」
 改めて思い知らされる現実。
 無意識下の甘え。
 強く輝いている一人の少女に対して。
「ルイアが対等に接してくれるってーのに、俺たちがこれじゃあな……」
「……拙者もまだまだ修行が足りなかったようです」
 強さという概念から、その少女がまだ十五歳だという事実を失念していた。
 何でも責任を取ってくれる『隊長』という立場。
 上司としての権限。
 それでも対等に接してくれたから。
「ま。フィーザスのよーにいかねぇかもしんねーが」
「強くなりましょう、ヤマト殿」
 せめて、仲間として胸を張れるように。
 自分にも周りにも認められるように。
「当然。俺はあいつらの足を引っ張るよーなマネだけはしたくねぇ」
 この旅の間に、どれだけ強くなれるかわからないが。
 何もしないよりはいい。
「……あたしも、参加していーか?」
 恐る恐る尋ねてきたシーラの瞳にも、強い意志が宿っていた。それはヤマトやビオと同じ光。
「もちろんだ」
「お互い精進しましょう」
 三人は顔を見合わせて、明るくなってきた壮大な大空に誓った。



 軽い食事を取ってから、一同は馬車へと戻り、出発した。
 御者は順番でルイアとフィーザスがやることになっていたのだが、さすがに昨日の今日で無理なの でヤマトが代わった。
 ビオはルイアとフィーザスの分の食事も持って来たのだが、ルイアはまだ眠っている。
「さっき目を覚ましたのだが、また眠ってしまった」
 ずっと寝たままではないから大丈夫だと告げたフィーザスは、ビオからパンを受け取り、それを口 に運ぶ。このような時こそ体調を整えておかなくては、いざという時にルイアを守れない。
 よい天気だったので馬車の旅は快調に進んだ。
 ルイアは日ごろの疲れがどっと出たのだろう。起きる気配はまるでない。
「順調に行けば、あと二日でこの荒野を抜けることができる。荒野を抜ければそこはオニソスシティ だ」
「ならば、一週間ほどで王都に到着できますね」
「何の障害もなく順調に行けば、の話だがな」
「ルイア殿は騒動に首を突っ込みますからね……」
「順調に行くはずがない」
 フィーザスは地図を広げたまま溜息をつく。
 どんなことがあっても、ルイアは自分の信念を曲げるようなことはしない。ルイアの性格はフィー ザスが一番よくわかっている。
 それに加えて、今回は隣国ツイール国王子もいる。必然的に騒動は向こうの方からやってくるだろ う。
 その時、馬車が急に止まった。
「どうしたんだ!?」
 シーラが慌てて御者台のヤマトの方を振り返るが、当のヤマトは呑気な口調で報告する。
「いや〜、傭兵くずれの男たちが道をふさいでんだけどよぉ……」
 馬車の前方に殺気が六つ。フィーザスにもビオにも感じ取れた。早くも騒動がやってきたようだ。
「追い払うか〜?」
 フィーザスは、ルイアの寝顔を見つめた。
 その、穏やかな表情。
 今はそっとしておいた方がいい。
 今戦ったらルイアの心に負担をかけることになりかねない。
「……戦うべきではないな」
 特殊部隊の副隊長として結論を出す。
「そうですね。……わかりました」
「悪いな、ビオ」
 ここはビオ一人に任せた方が無難である。
 ビオは寝ているルイアを起こさないよう、静かに外へ出た。


 荒野の道の真ん中に立ちふさがっていたのは、鎧をつけ剣を帯びた、明らかに傭兵くずれだとわか る男たちである。馬車の中で数を感じ取っていたビオは、驚きもせずに進み出る。
「このまま立ち去ればよし。もしそうでなければ容赦はしない。これは忠告だ」
 いきなり現れた男に突然そう言われた傭兵くずれたち。
「はんっ、まさか!」
「俺たちがはいそーですかって引き下がると思うのか!?」
「てめー何様のつもりだよ!?」
 だが、口で説得できる連中が、このような盗賊まがいのことをやるはずがない。
 わかってはいたが、一応忠告してみたビオは当然の反応に、やれやれ仕方ないと内心呟く。
「拙者がビオアジャスト・エンヴィだと知っての狼藉か!? そうと知ってなお勝負を挑んでくるのな ら、いいだろう!」
 すらりと無駄のない動作で背中の剣を抜き放つ。
「我が剣に誓って受けて立つ!」
 凄まじいほどの剣気が一気にビオから解放された。その圧力をまともに受けた傭兵くずれたちは、 それだけで今目の前にいる剣士が本物のビオアジャスト・エンヴィなのだと知る。
 たった一人で〈殺戮のヒドラ〉を倒した男。
 それが、ビオアジャスト・エンヴィ。
 見事な体躯で、太い長剣を自在に操る剣士。
 その腕ひとつで生き抜いてきた百戦練磨の剣士エンヴィ。
「ひ、ひいいいいい〜」
 傭兵くずれたちは一目散に逃げていった。
 数々の噂から、たった六人の傭兵くずれで勝てるような相手ではないことはわかっていた。
 戦わずに敵を追い払ったビオはゆっくりと剣を鞘に収める。
「ビオ、あんたってあの剣士エンヴィだったのか!?」
 馬車の中に戻ってきたビオに、たった今明かされたことを真っ先にシーラが確かめる。他の者たち も同じ思いでビオを見つめていた。
「今となってはもう昔のことです……」
 そう言いながら自分の定位置となった場所に腰を下ろす。
「悪かったな」
「拙者の名が役に立つのなら喜んで。ルイア殿のためですからね……」
 なるべく表には出さないようにしていた名だが、ルイアのためにこの名を使うのなら別に構わない。
 そう言ったビオの気持ちを、フィーザスは複雑な心情で受け取った。
 フィーザスの昔の名は、相手を追い払うこともできるが、強大すぎる。ルイアにかかる災いの方が 多い。その名は、いらぬ敵を引き寄せてしまうからだ。
(……俺は、ルイアの側にいていいのだろうか……?)
 それは、ずっと心の奥底で思っていたこと。
 今回の騒動で改めて思い知らされた現実。
 ルイアはサンエルウム国の王女であり、自分は暗殺者だった。それもただの暗殺者ではない。最強 といわれ、恐れられた、伝説にまでなった暗殺者〈鬼神〉ジュダード。
(……俺が側にいない方が、ルイアは幸せに暮らせるのかもしれない……。俺はいつか――――)
 ちょうどそこでビエンナーレ子爵の大声によってフィーザスの思考は遮られた。
「おおっ! あなたがあの有名な剣士エンヴィ殿でございましたかっ! お噂はかねがね、昔わが国 王の命を救って下さったようでっ!」
「私も父上から聞いたことがある。とても強い剣士だったと。礼もできずに去ってしまったと。もし よろしければ、ツイール国からそなたへ感謝の意を込めて勲章を与えたいのだが、どうだろう」
「よい案ですっ、ジェス王子っ! 剣士エンヴィ殿っ、ぜひツイール国にいらして下さいっ! 国を 上げて歓迎いたしますっ!」
「いえ、真に申し訳ないのだがそれはできない」
 熱を上げているビエンナーレ子爵とは反対に落ち着いた声でビオは断る。
「勲章では不満か? ならば、王族直属部隊の指揮権もそなたに与えよう」
「そうですっ! 一生遊んで暮らせるほどの財産が手に入りますよっ! あなたほどの実力者は、特 殊部隊の隊員などで終わるべきではありませんっ! もっと上に立つべきですっ!」
 ビエンナーレ子爵の失言に、ビオの目つきが険しくなる。特殊部隊の隊員など、だと。
「拙者には拙者の誇りがある。それを金などで手放す気は毛頭ない。それに――」
「それに?」
 ごくんと唾を飲み込む。二人は慎重に次の言葉を待った。
「――拙者、自分より弱い者に仕える気は全くない」
「なっ!?」
 王族が、弱い、と……?
 ビエンナーレ子爵は自分の耳を疑った。
「なんなら今ここでビオと戦うか? そーゆーことなら馬車止めてやるぜ」
 御者台の方からヤマトまでも会話に参加してくる。でもジェス王子やビエンナーレ子爵が、百戦錬 磨の剣士エンヴィに敵うわけがない。
「てーかさ、王子サマたちもそれが俺たちに嫌われる理由だって気付けよ」
 ルイアがあれほど注意したと言うのに。
 ルイアをはじめ、権力を笠に威張る奴は気に食わない連中の集まりなのだ。旅の途中でいざこざを 起こせば、困るのは王子たちの方だというのに。
「な、なら聞くがっ、特殊部隊の隊長殿だってまだ少女ではないか……っ!」
「ルイア殿は立派な方です。いや、ルイア殿以上に立派な方はいない。だから拙者はルイア殿に仕え ると決めたのです」
 たとえまだ十五の少女であっても。
 自分はルイアに仕えていることを誇りに思う。
「俺だってそーさ。この前の戦いを見てたらわかると思うケド、俺って忍なんだよ。でも俺は古いし きたりとかがヤになって一族を捨てた。そんな俺をルイアは受け入れてくれた。それにルイアは、隊 長でも、俺たちの意思を踏みにじるよーなマネはしねぇ。そんなルイアだからこそ俺は仕えようと決 めたんだ!」
 シーラたちも、ビオやヤマトの想いは十分すぎるほどわかった。ここしばらく一緒に旅をしていて、 ルイアが盗賊だからってシーラたちを邪険に扱うことは一度もなかった。むしろ、そうやって差別し たのは王子やビエンナーレ子爵の方である。その時、ルイアはいつも盗賊たちの味方をしてくれた。
「おい、フィーザス! お前からもなんか言ってやれよ!」
「ヤマト、しっかり前見ろ。まったくお前が御者やると不安になるな」
「ルイアのことバカにされたんだぜ? 黙ってられっかよ」
「別に黙ってろとは言わない。俺だってルイアの――――」
 覚醒した気配を感じて慌てて振り返る。
 ルイアじゃない、気を失っていたもう一人の……。
「ぐあああああ……あああ…………」
 白緑色の髪と金色の瞳を持つ、麻薬中毒者の、少年。
「ビオ! 左手を抑えろ!」
「あ、はいっ!」
 フィーザスの声に押されて、暴れている少年の左手を必死になって捕まえるビオ。だが、金眼の少 年は〈BK〉という麻薬の効果で、力が並大抵のものではない。フィーザスとビオが二人がかりで何 とか抑えられるような状態だ。
「お、おい……!」
 その様子を見て、ヤマトは慌てて馬車を止める。動いている車内では、〈BK〉中毒者よりフィーザ スやビオの方が分が悪い。
 馬車が急停止した反動で、車内にいたほとんどの者は姿勢を崩した。
 だが、麻薬中毒者の少年は〈BK〉効力の関係で、二人の男に抑えられていても、一向に止まるこ とを知らない。
 御者台からフィーザスたちの助太刀に入ろうとしたヤマトの視界を、ひとつの影が横切った。



 目を覚ましたら、真っ先に視界に入ってきた。
 その光景を見た途端、体が動いていた。
 失ってはいけない。もうこれ以上。誰も。何も。絶対に。
 気が付いた時、それを抱きしめていた。
「ルイア…………」
「ルイア殿…………」
 呆然として呟く二人。その一瞬の隙に少年の手は枷から抜け出す。今度は自分の体の自由を奪って いるものから抜け出そうと、必死にもがく。
 手を離してしまったビオは、はっと我に返った。目の前で、麻薬中毒の少年は新しい枷から逃れよ うとして、鋭く尖った爪でルイアの背を傷つけている。
「ルイア殿!」
 引き裂かれた肌から血が流れ出す。
 慌てて少年の手を再び抑えようとしたビオだったが、横からフィーザスに止められる。フィーザス は無言で首を横に振った。ここはルイアに任せた方がいいと、その紫の瞳が静かに語っていた。
 少年の体を強く抱き締め、背中を爪で引き裂かれながらも、ルイアは呻き声ひとつ漏らすことはな かった。衣服が血に染まりながらも、決してその腕を放さなかった。
「ごめんね、ごめんね、でも……でもどうか、人を嫌いにならないで……」
 ルイアの瞳から零れた涙が、少年の頬に落ちた。
 冷たくて、温かくて、優しいそれ。
 そんな感情にはじめて触れ、少年は驚いた様子でルイアの顔を覗き込む。
 逃れることに必死で気付かなかったけど、そこには自分が見たこともない、母のような女性の顔。
 溢れてくる涙を拭おうともせず、自分を抱き締めている、女の人。
 その時はじめて少年は人の温もりに触れた気がした。
 心の奥底で求めていたものに出会えた気がした。
 泣かないで。
 泣かないで。
 こっちまで悲しくなってくる。
 少年は自分がつけてしまった腕の傷を舐めた。それ以外の方法を知らなかった。
 ルイアは自分の肌にあたった感触に驚いて、腕の中の少年を見た。おそらく、傷を治そうとしてく れているのだろう、その姿に微笑んだ。
 力が弱まったことにびっくりして少年はルイアの顔を見上げる。
 そこには聖母のように微笑んでいる女性。ただ訳もなく、その笑みが自分だけに向けられているこ とが嬉しかった。
「大丈夫だよ、ありがとう……」
 少年の頬にキスをする。
 少年はそのまま金色の瞳を閉じた。今は、この温かい腕の中で眠りたかった。


「ルイア、うつぶせになれ」
 少年が眠ったのを確認すると、開口一番にフィーザスが言った。その意図がわかったのでルイアは 大人しくそれに従う。
 懐からぬり薬を取り出したフィーザスは、無言で服をめくって出血している真新しい傷に薬をぬる。 鍛え上げられた体は思ったより細く、至るところに傷跡がある。目を背けたくなるような惨状の痕。 ルイアがこれまで戦ってきた歴史の証。
「ったく、無茶するからだ。くれぐれも無茶するなとグラザーン国王にも言われただろう」
「…………無茶じゃないもん」
「傷口から麻薬が入ったらどうする」
「………………」
 フィーザスの言うことは正しい。それがわかっているから、ルイアは何も言い返せない。何も言わ ずに、傷の手当てをフィーザスに委ねた。
「ほら、終わったぞ。そいつが目を覚ます前に上着がえておけよ」
「え? 何で?」
「そいつのためだ」
 お前は衣服が汚れようが気にしないだろうが、少年は自分のせいでケガした痕を見て自己嫌悪に陥 らずにはいられないだろう。
「あ……わかった。着がえて洗ってくるからちょっと待ってて。この水使っていいよね?」
「ルイアーっ! ついでに顔洗ってこいよっ! 俺たちは昼飯の準備してっから!」
 背中に向かって投げられた言葉に、ルイアは手を振って応えた。
「とゆーワケで、少し早いケド飯にしよーぜっ」
 本当に、昼食には早かったが、朝食を取ってないルイアのためだと言わなくても皆わかっていたの で、当然反対する者は誰もいなかった。


「ねえ、ルイアの背中、傷痕がたくさんあったけど……」
「ああ、あれか。大したものではない。気にするな」
「するよ! 盗賊のあたしより酷いじゃないかっ!」
「拙者も気になります。あのルイア殿を、あそこまで……」
 傷を負わせるとは。一体何者の仕業なのか。
 ビオは、ルイアと手合わせしたことが何度もあるので、ルイアの強さをよく理解している。百戦錬 磨の剣士エンヴィであるビオでさえ、ルイアの強さにはかなわない。
 そのルイアの背中に、あんな酷い傷を負わせた相手が存在するとは――。
「言っておくが、あの傷はルイアの背中だけにあるものではないぞ。ルイアの体中、至るところに同 じような傷痕がある。でも、それは敵から受けたものではない。安心しろ」
「安心できるかぁっ!」
 どこまでも無表情で冷静なフィーザスに、シーラは思わず大声を上げた。
 それでもフィーザスのマイペースは変わらないので、シーラはこの件に関してこれ以上問い詰める ことを諦めた。

『手加減しなくていいわ。本気でやって』
『傷が残るぞ』
『構わない。わたしは強くなりたいの。自分と、大切なものを守れるように。それに見合う強さを手 に入れたい。手加減なんかしたら、それこそ許さないから』
『強情だな』
『何よ、わるい?』
『……いや、お前らしい』

 懐かしいことを思い出したものだ、とフィーザスは内心細く微笑んだ。
 あれはまだルイアと出会って間もない頃のことだ。自分が最強だといわれた暗殺者であることを知 っていたルイアは、こともあろうか、剣の稽古をつけてくれと言ってきた。
 母レイシアも手加減なしでルイアの相手をしていたらしく、ルイアは手加減されることを嫌った。 ルイアの天性の才能と手加減なしの特訓により、ルイアは今の実力を身につけた。だが、その代償と してルイアの体に傷痕が残ってしまったことも事実。
 ルイアの体に残る傷痕は、すべて母レイシアとフィーザスがつけた厳しい稽古によるもの。敵から 受けたものではない、というフィーザスの言葉は正しい。


「そろそろだな……」
 ある程度昼食の支度が整ってからフィーザスは皆から離れ、ルイアの迎えに行った。
 ルイアだって、時には一人になりたいことだってある。一人で考えたいことだってある。それをす るのに十分な間を空けてから、フィーザスはルイアのいる方へと向かった。
 しばらくして、フィーザスと一緒に姿を現したルイアの顔には、いつもの笑顔が戻っていた。
「おし。元気になったよーだな」
 ポンポンと頭を軽く叩くヤマトの表情も、晴れやかである。
「昼食は栄養のある、消化の良いものにしますからね」
 ビオも料理をしながらそう言ってくれる。
「ありがとう、心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」
 応えた言葉に、無理して嘘をついている様子はひとつもない。顔を洗って心まですっきりしたよう で、微笑むルイアはまるで春の暖かい日の光のようだ。そこにいるだけで周りが暖かくなってくる。
 ルイアが馬車の中の少年を呼びに行った。その、少し離れた際にヤマトは王子たちに言う。
「あーやって泣く時は泣いて、怒る時は怒って、笑う時は笑う……そーゆー性格なんだよ。裏で何考 えてるかわかんねー腹黒い上司より、よっぽどいーね。だから、俺たちはルイアについていこーと決 めたのさ」
 何でも一人で解決してしまうより、助け合って支え合う方が何倍も素敵なことだと思う。
 人は一人ではないのだから。
 一人では生きていけないのだから。
 頼ることが弱いなんて思わない。弱さを見せることもまた強さだ。それを積み重ねて人は成長して いくのだから。


「どうしたの? 食べていいのよ? それはあなたの分なんだから」
 スープのカップを渡されてから、じっとそれを見つめていた少年の姿を見かねてルイアは声をかけ た。その声を許しだと取った少年は、やっと自分の分の食事を食べ始める。
 今までずっと麻薬漬けの食事だったので、こんな食事は初めてだ。よほど酷い扱いを受けてきたの だろう。少年はフォークやスプーンの使い方を全く知らなかった。
 動物のような食べ方をする少年を目撃して、ジェス王子やビエンナーレ子爵はこのような食べ方を する人間がいることに驚いていた。麻薬で自我がなかった少年は、暗殺術以外教えられなかったのだ ろう。一般常識が生まれたばかりの赤ん坊と同じようにない。
 長い間暗い場所に閉じ込められていて、やっと光の下に出てきたばかりなのだ。知らないことだら けで戸惑っている少年を、側にいる者たちが支えてあげなくては生きていけない。
「ところで、名前……なんていうの?」
 食べ散らかした少年の顔を拭きながらルイアは聞いた。呼び名がないとそれなりに不便だ。聞かれ た意味がわからなくてしばらく考えていた少年は、首を傾げてから消え入りそうな声で、
「…………ドール……」
 と答えた。
「うーん、ドール……。“人形”か……」
 それは名前ではない。ただ、道具であるという名称。
「あなたには、似合わないわね」
 もう道具ではない。その鎖から少年は解放されたのだから。
「わたしが新しい名前つけてあげる。そうね……『ルーガ』なんてどう? あなたの名前」
「…………ルーガ……?」
 色素の薄い白緑色の髪と、前髪で隠れる金色の瞳を太陽の光に反射させて、問い返してくる無垢な 少年。
「そう、ルーガ。ぴったりだと思うけど? 嫌なら他のにしようか?」
「…………ルーガが、いい……」
「じゃあ決まり。改めてよろしくね、ルーガ」
 食事が終わった後、ルイアはルーガの手を引いて馬車へと向かった。ルーガの服を着がえさせるた めだ。ルーガの服はぼろぼろであちこち破れていたので、ルイアやフィーザスが持ってきていた着が え用の服を、ルーガのサイズに直すことにしたのだ。
「『ルーガ』――古代文字からつけたのか」
 ルイアたちの後ろ姿を見ながら、ジェス王子が呟く。王族として、古代学の勉強もしている。現在 ではもう専門家しか古代文字を知らないと思っていたが、全くルイアの知識は大したものだ。今まで の馬車の旅で盗賊たちと専門的な話をしている時にもそう思った。
「王子サマ、イミわかんのか?」
「ああ。古代文字で『ルー』は光、『ガ』は男子……つまり、“光の子”という意味だ」
 名付けたルイアの想いが、皆にも少しだけわかったような気がした。



 闇が広がっていた。
 ただ、何もなく。
 それだけだった。
 怖かった。
 嫌だった。
 光を求めて走り続けた。
 どこ?
 どこ?
 光はどこ?
 確かに見つけたはずなのに。
 また見失ってしまったのか。
 そんなことを思った時。
 突然足元が沈みはじめた。
 流砂のごとく。
 漆黒の闇が自分の身を吸い込んでいく。
 闇から何十本の触手が出現し、己の身体を捕縛する。
 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
 必死で抜け出そうとした。
 しかし、体はどんどん沈んでいく。
 抵抗もむなしく、闇に飲み込まれ、奈落の底へと落ちていくのを感じた。
『お前は一生ここから抜け出せない』
 そんな声が聞こえた。


 少年は、はっとして目を覚ました。
 ここは?
 乱れた息を整えて、周りを見回す。
「どうしたの?」
 すぐ隣から声が聞こえて、驚いて振り返った。
「大丈夫? ルーガ」
 ルーガ。
 そうだ。それは自分の新しい名前だ。
「怖い夢、見たのね……。でも、もう大丈夫。あなたの悪夢はもう、終わったのよ」
 怯えているルーガの様子から、事情を察したルイアは、優しくルーガを抱き締めた。抵抗する理由 が見つからなく、ただされるままにその細い腕に身を預ける。
 自分とは異なる人の体温が、ルーガの体を温めた。
 自分とは異なる人のぬくもりが、ルーガの心を温めた。


 それからというもの、ルーガはルイアの側を離れようとしない。
 ルイアが何をするにも、その後をついてまわった。寝て起きた時など、たまに麻薬の禁断症状が表 面化することがあったが、まだおぼつかない足どりで一生懸命生きようとしているルーガの姿に、ル イアはある種の愛しさを覚えていた。
 ルイアはルーガにいろいろなことを教えた。
 馬車の中では読み書きができない盗賊たちも一緒に文字を教え、御者の当番の時には景色の木や鳥 について教え、食事の時にはフォークやスプーンの使い方、夜には星座とそれから方角を知る方法な ど、日常生活に役立つ些細なことまでも教えた。それを全部覚えることはできなかったが、ルーガは 真剣にルイアの話を聞いた。周りの大人たちもルイアの話に耳を傾けていた。
「あら? 寝ちゃったわね」
 子供の頃によく母から聞かされた童話を話している最中に、ルーガは睡魔に身を委ねていた。夕食 を食べてからまだ少ししか時間は経っていないが、ルーガのような十歳ほどの子供が寝てもおかしく ない時間帯である。毛布をそっとかけ直して、ルイアはルーガの寝顔を見つめた。
「やっぱり、似てるわね……」
 ルーガの白緑色の髪を優しく撫でながら、ルイアはぽつりと呟く。
「何がですか? ルイア殿」
「ふふ、あのね、ルーガが昔のフィーザスに少し似てるの」
「似てない。第一お前と会った時、俺はそんな子供ではなかった」
 不機嫌な様子で応えるフィーザスに、笑顔でルイアは続ける。
「歳とか顔のことじゃない。雰囲気がね、同じ」
「ルイア以外信用してねートコとか?」
 横からヤマトも口を挟む。
「うーん、それもあるけどね。全体的に……」
「似てない。――確かにあの頃はお堕ちるところまでお堕ちていたが、麻薬には手を出していなかった」


 暗雲に覆われた空。
 その夜空で光っているのは輝く星たちではなく、雷光。
 そう、遠くで光っているのは、雷光の閃き。
 それに負けずに激しく降る雨。
 豪雨が肌を痛めつける。
 その切り刻まれそうな感覚の他は、何もない。
 二人が出会ったのは、そんな夜だった。
 そして、この日。
〈鬼神〉と呼ばれた男は伝説になった。


「へええええ。詳しく聞きてーな、その話」
「病院に入りたいか」
 フィーザスの低い声。抑制があまりないので、いやに現実的に聞こえる。
「や、やっぱいーわ。遠慮しとく……」
 冷や汗を流しながら、ヤマトは辞退した。その様子を見ながら、ルイアはふと真剣な表情になる。
「……どうしてルーガのような子が出ちゃうんだろう」
 それは、最近ずっと思っていたこと。
 どうして麻薬漬けにされる子供が存在するのか。また、それをなくすためにはどうしたらいいか。
 真剣に考えなくてはいけない。これは素通りできない問題だ。
「基本的にこれは孤児問題だ。孤児で普通の道を歩く者は少ない」
「そーだなぁ。親がいねー子供は生きてくのが難しーしな」
 ルイアの疑問に特殊部隊のメンバーは次々に意見を述べる。
「拙者も孤児でした。拙者は師匠に拾われたので、これまで流れ者の剣士として生きてこられました が……」
「俺も孤児だ。物心つく頃には、まわりに誰もいなかった。孤児は最悪麻薬漬けや暗殺者、奴隷の類 になるケースが多い。事故や病気で親を失った子供も、身売りしたり盗賊になることがある」
 視線をシーラたちの方へ移す。その視線に気付いたシーラは、
「確かに。あたしも孤児だし、他の連中もそーゆー奴ばかりだし、親がいても家出したり縁切られた よーな奴さ。金も何も持ってないから奪うしかなかったんだよ」
「うん。それはわかってる。生きてくために仕方ないことだったのだから、わたしはシーラたちを責 めたりしない。その生き方は肯定するよ。でも、このままじゃそういう人が増えるだけ。どうしよう ……どうしたらいいの?」
 どこかの家に引き取られたとしても、それが必ずしも幸せだとは限らない。
 生まれてきたのだから、皆に幸せになってもらいたい。そのために、自分ができること。自分がす るべきこと。それは――。
「決めた。家を造る」
 その人たちが住む家を。幸せになれる家を。
「見つかったじゃないか」
 ルイアらしい答えに、フィーザスは頷く。ルイアなら、それができる。実現させる力がある。ルイ アの青の瞳は、決して諦めようとはしないから。
「庭で野菜とか作って、自給自足できるようにして。読み書きとか、必要な知識はわたしが教える。 とすると、必要なのは土地とそのための費用。ま、何とかなるわ。後は家の形だけど……ねえレーグ!  ちょっと来て!」
 建築家が夢だったというレーグ。
「国中から孤児を集めるとなると、どのくらいの大きさになる?」
「無茶苦茶大きいですよ。中はどんなんで? 宿泊施設みたい感じで二人部屋とか一人部屋作るんで すか?」
「そう。一人じゃなくても、やっぱ自分の部屋って憧れるじゃない? あと麻薬中毒者とか病気の子 も連れてくるから、一画は病院みたい感じに。大きな食堂とか、勉強するための部屋とかも。その他 は任せる」
「では、こんなんでどうです? 土地が広かったら別館なんかもオッケーで?」
「オッケーオッケー。王都まであと二日あるから、じっくり考えて紙に図案書いてみてくれない?」
「それはいいですけど、本気なんで? こんなの造るとしたら費用かなりかかりますよ?」
 特殊部隊のメンバー以外、信じられないという面持ちでルイアを見る。
「わたしは夢を夢で終わらせる気はない。いいと思ったことはすぐ実行するタイプなの。土地はわた しが住んでた家のある丘が結構広いし。母さんもサンエルウムに住む人たちのためだったら喜んで許 してくれると思う。あとは――」
「グラザーン国王だな」
「ま、大丈夫じゃない? わたしがもっと頑張って信頼を勝ち取ればいい話だもの。わたしの名前じ ゃあんまり効果ないかも知れないけど、国中に連絡して孤児たちを王都まで連れてきてもらうの。第 一騎士隊に協力頼もうかな。隊長とは知り合いだし」
「第一騎士隊のラスカート隊長殿は協力してくれますよ。ルイア殿、気に入られていますからね」 「ラスカート隊長は母さんの知り合いだからね」
 元第一騎士隊隊長だった母レイシアの部下だった人だ。
「ということだから、ヤマト。悪いけどしばらく王都に留まって。情報が集まったらまた旅に出てい いから」
「その旅の途中で、孤児とか奴隷になってるヤツを見つけて連れてくりゃーいーんだろ? わーって るって」
「ともかくのんびり旅をしている場合じゃないわね。急いで王都に帰らないと……」
 すべてはそれからだ。
 本気でやるつもりでいる特殊部隊のメンバーたちの言葉を聞いて、王子たちもシーラたちも本当に 実現できるかどうか疑っていたが、何となくルイアなら何年かかってもやり遂げるような気がした。


 それから馬車を快調に飛ばし、二日後の昼前には王都サン・タウンの入口に到着した。
「迎えが来てる来てる。シーラたち、見える? あの先全部王都サン・タウンで、あそこに迎えに来 てるのがグラザーン国王の片腕とも言われるベム大臣よ」
 王族専用の馬車を用意して待ち構えていたのはベム大臣だった。ツイール国のジェス王子が王族ら しく城へ入れるように気を使ったのだろう。それに、ルイアたちもこの馬車のまま王城の正門をくぐ る訳にはいかない。
 車内にシーラたちを残し、ルイアとフィーザスはジェス王子とビエンナーレ子爵と共に下り、ヤマ トとビオは王子一行の荷物を馬車から下ろした。
「ただいま戻りました、ベム大臣。こちらがツイール国のジェス王子、並びにビエンナーレ子爵です」
「ルイア様、ご苦労さまでした。――ようこそサンエルウム国へ。ジェス様、ビエンナーレ子爵殿、 歓迎致します。心配申し上げておりましたが、ご無事で何よりです」
「心配をかけたようだ。すまない。ベム大臣、グラザーン国王は息災であられるか?」
「はい。今頃城で皆様がお着きになるのを、首を長くして待っておられますよ。ところでジェス様?」
「何だろうか?」
「従者はビエンナーレ子爵お一人でございますか?」
 他にツイール国の者の姿が見えないので、ベム大臣は不思議に思ったのだ。
 その問いには、ルイアが一歩前へ出て答える。
「ベム大臣、他の人は重傷で、とても王都まで旅ができるような状態ではありませんでしたので、途 中の街で病院に預けてきました。いろいろと事情がありましたので、わたしの一存でそうしました」
 暗殺者の問題もあったし、ちゃんとした医師もいなかったので、ルイアはビエンナーレ子爵を除い た怪我人を病院へ預けることを選んだ。ベム大臣も事情はわかっていたので、ルイアの言葉に納得す る。
「では、仕事は終了しましたので、わたしたちはここで失礼します」
 王子たちを王都まで無事に届けたので、これで特殊部隊の任務は終わりだ。
「ああ、お待ちくださいルイア様。まさかまた旅に出るなんてことはございませんね?」
 真剣な表情で訊いてくるベム大臣の様子に、ルイアは苦笑する。どうやら変な旅癖があると思われ ているようだ。
「ご心配なく。グラザーン国王への報告がありますから。それにやりたいことができたので、しばら くは王都にいますよ」
「それなら良いのですが……」
 心底安堵した様子でベム大臣は続ける。
「ルイア様がおりませんと、城の雰囲気が明るくなりません。城の者たちも皆、ルイア様のお帰りを 今か今かと待っておりますよ」
 そこまで言われては顔を出さない訳にはいかない。グラザーン国王に帰還報告してから城中を回ら なくては。
 そう思い、
「わかりました」
 と、ルイアは笑顔で頷いた。

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