――第3章



 盗賊たちはルイアたちとすっかり馴染み、お互いを名前で呼ぶほどになった。
 ビエンナーレ子爵はどうだか知らないが、ジェス王子も少しずつこの旅に慣れてきたようだ。
 そんなジェス王子が、気になっていたことを思い切って訊いてきたことが、今回ルイアが機嫌を悪くしてしまった原因だった。
「ところで隊長殿。あなたはサンエルウム国について詳しいのだな?」
「ああ……はい。サンエルウム国内のことはほとんど把握していますよ。何か聞きたいことでも?」
「サンエルウムの、新しい王女……。知っているか?」
 ぎくり。嫌な予感がして、特殊部隊のメンバーたちは一斉に振り返る。
 頼むから、ルイアを本気で怒らせるようなことは言わないでくれ。
 三人の表情は切にそう訴えていた。
 そんな視線に気付かない振りをしてルイアは明るく答える。
「もちろん」
 知っている。当然だ。本人なのだから。と、まではルイアも言わない。
「隊長殿の目から見ると……その、どのような方なのか……?」
 情報を仕入れて後で役立てようというわけか。
 どうせグラザーン国王や本人の前で褒めちぎろう、とか考えているのだろう。
 ジェス王子の考えは安易に読み取ることができた。
「わたしは……評価する立場ではありませんので」
「ああ。立場上の問題か……」
 恐ろしい勘違いをしているジェス王子。だが、ルイアは表情ひとつ変えない。
「私は評価できませんけど……。フィーザスたちはどう思う?」
「普通じゃない」
「普通じゃねーよ」
「普通ではありませんね」
 即答するフィーザス、ヤマト、ビオ。
「………………………………」
「………………あの、それはどういう」
「いや。てーか、それ以外表現しよーがねぇもんな。なぁビオ」
「そうですね。まあ、いろいろな意味ですごいと思います」
「すごいけど、普通じゃねーよ。そーだろ、フィーザス?」
「当然だ。あれを普通と言うなら、世の中終わりだな」
「はっはっはっ。そりゃそーだ」
「少し言い過ぎですよ、二人とも」
「じゃあビオ。あれが普通の世の中になったらどー思うよ?」
「…………少し、恐ろしい気がします」
「だろ? だろー? いやー真面目なビオでさえ、そー答えるもんな。おいフィーザスはどーする? あれが普通な世の中……」
「嫌な世の中だ」
 きっぱりと断言するフィーザス。
 その三人の様子に、何も言わないように耐えていたルイアも、口を挟まずにはいられなかった。
「ちょっとちょっとちょっと男三人で何盛り上がってんのよ。だいたいそれ褒めてんの? 貶してんの? 王子たちが困ってるわよ。ちゃんと答えてあげたら?」
「あ。わりーわりー。で、なんだ? おいフィーザス、どー言えばいーんだ?」
「そうだな。結論から言うと……『お前の手におえる女じゃない』」
「!!」
 ジェス王子とビエンナーレ子爵の顔に、はっきりと驚愕の色が浮かび上がる。
「なななぜ、そそそのことを……?」
 機密事項であるはずなのに。
「ま。フィーザスの言うとーりだな。軟弱王子サマじゃムリムリ」
「拙者も、やめておいた方が良いと思いますが……」
 口々に言ってくる特殊部隊隊員たちの様子に、ビエンナーレ子爵は慌てて現状を理解しようとする。
「ちょっ、ちょっと待って下さいっ! 何ですかっ!? あなたたちは全部知っているのですかっ!? その――」
「ジェス王子が婚約を申し込んできたことでしょ? もちろん知ってるわ。わたしたちには優秀な情報屋がついてるんだから。しかし……呆れるようなことをしたわよねぇ王子も」
 実際に呆れるほかなかったルイアが言う。
 国の大行事とも言える王族の結婚をそんな風に言えるのは特殊部隊のメンバーだけだろう。
「あ、あ、あ、あ、呆れるだと!?」
 さすがのジェス王子も青筋を立てている。
「ええ。はっきり言うわ。ジェス王子、あなたはバカよ」
「なっ!?」
「そんな実現するはずのないことのために、わざわざサンエルウムまで来たんでしょ。それも、命を狙われていると知っていながら。他の人なら勇気があるって褒めるんでしょうけど、勇気と無謀は違うわよ。そこまでして婚約したいわけ?」
「無論だ! そうすれば、我がツイール国はっ!」
「ツイール国は何? もうグラドー公爵の独裁じゃなくなるって? 国のために婚約するわけ?」
「そ、そうだ。すべて我が国のために――」
「笑わせないで」
 ぴしゃりとルイアは一喝した。
「国のため? 自分のためでしょう? 結局はあなたもグラドー公爵と同じ。自分のことしか考えていない。自分に力がないから? だからサンエルウム国の力に頼るの? 冗談も休み休みに言いなさい。王族ってだけで、着る服も食べ物も何もかも与えられてきたくせに。それに、自分の国自分の国って言ってるけど、あなたは自分の国の国民の暮らしを一度でも自分の目で見たことがあるの? 一生懸命働いて、それでも貧しくって、その日生きてくための食料にも困っている人たちを知ってるの? 家族のために自分の身を売る人たちを知ってるの? あなたの生活はそういった人々の上に成り立っているのよ。知らないでしょう? 権力のある人間っていうのはだいたいそう。上ばっか見て下の者には目も向けない。だからわたし嫌いなの!」
「ちょっ、ちょっと、いくらサンエルウム特殊部隊の隊長殿とはいえ、ツイール国王子に向かって――」
 おどおどと声を出すビエンナーレ子爵。だが、彼もルイアが嫌うタイプの、権力のある人間だった。
「あなたもよ、ビエンナーレ子爵! 何もかも身分で判断して! 身分が高いからって自分が全部正しいとでも思ってんの? それに何? 無礼? 王族がどうしたって言うのよ? 尊敬されたければそれなりのことをやってみせたら? わたしが認めた王族はグラザーン国王ただ一人だけどね! わたしの言葉に少しでも間違いがあるなら言ってみなさいよ! いくらでも謝罪するわよ!」
 それだけ言うと、さっさと席を立って離れていってしまった。


 ジェス王子とビエンナーレ子爵は言い返すことができなかった。
 ルイアの言葉はどれも的確で正しかったからだ。王子にしたら、考えないようにしていたことに図星を指された気分だ。
 盗賊たちはまた一つ感心することが増えた。ルイアたちと行動を共にするようになってからというもの、その考え方には共通するものがあり、感心させられることばかりである。だからこそ、盗賊たちはルイアたちに好感を抱いていた。
 ルイアのその性格は人に好かれやすいのかもしれない。
 父グラザーン国王や母レイシアと同じく、まわりに人が集まってくるのも才能だと、後にベム大臣は公言している。


 もうすでに日は暮れ、辺りは暗かった。
 それでもフィーザスはすぐにルイアの姿を発見することができた。昔の仕事の関係上、夜目が利き、視力が常人の何倍もよいフィーザスだからこそ苦もなく発見できた。
 またルイアも、背中に目があるわけではないが、その気配で誰かはすぐにわかった。
「少し……言い過ぎちゃったかな……?」
 振り返らずに呟く。
 間違ったことは言ってないと思うが、まだ王都は遠い。険悪な雰囲気では他の人たちが嫌な思いをしてしまうことになる。
 王子たちに言った内容よりも、そのことがルイアの心に引っかかっていた。
「大丈夫だ。問題ない」
「あ〜あ。せめてもうちょっと我慢すればよかったな……」
 天を仰いで溜息をつく。
「無理だろ。ルイアには」
 あっさりとフィーザスが返す。
 ルイアは感情を隠すということが苦手だ。笑うときは笑う、怒るときは怒る、直情径行少女なのである。
「わたしが“我慢”という言葉を知らないとでも言いたいの?」
 むうっと頬を膨らませて抗議に出る。そのいつもどおりの様子に、フィーザスは苦笑する。
「ある意味そうかもな」
 そう言って、フィーザスは後ろからルイアを抱きすくめた。ルイアもそうされるのが自然であるようにその動作を受け入れる。
「でもすっきりしただろう?」
 あれだけ喚いたのだから。
 フィーザスの口調に、ルイアも控えめに微笑する。やっぱりフィーザスが側にいるだけで安心する。かけがえのない、誰よりも大切な存在。
 だからこそ、ルイアは思う。もしも、自分が――。
「……ねぇ、もし……もしも、わたしがあーなっちゃったら……」
 ジェス王子やビエンナーレ子爵のように、権力に頼るだけの人間になってしまったら。
「どうする……?」
 触れている肌から、直にルイアの様子が伝わってくる。その、細いルイアの体は――かすかに、震えていた。
 フィーザスはさらに強く抱き締めた。その震えを止めるように。
 王女であろうとも、特殊部隊であろうとも、ルイアが十五の少女であることには変わりない。普通に怒ったり笑ったりする一人の少女なのだ。
「不安になったか?」
「……うん、ちょっと。わたしも、権力持っちゃったし……。知らない内に、嫌な人間になっちゃうのかな……って」
「大丈夫だ」
 フィーザスは迷うことなく断言する。
「どうして、そう、自信を持って言えるのよ……。わたしでさえ不安になってるっていうのに……」
「お前がそんな人間になったら、俺が殴ってでも目を覚まさせてやる」
 当たり前のように言い放たれた言葉に、ルイアは目を見張った。
 内容が物騒なことでも、それがフィーザスらしい愛情の形。
「……ルイア、お前はお前らしくあればいい」
 そう見つめ返してくる紫の瞳には、優しさという名の炎が宿っていた。



「この街を過ぎたら、しばらくは荒野が続くので、必要な物資等は必ず調達して下さい。遅くても夕暮れ前までには出発します。それまでは自由時間としますので、王子たちは好きに過ごしてくださって結構です。ただし、目立つ行動は避けて下さい。注意事項はそれだけです」
 買い物をするにも何をするにも、まず身なりを整えなくてははじまらない。王子たちは貴族たちが利用する宿泊施設へ行き、風呂に入ることにした。
 ジェス王子とビエンナーレ子爵の後ろ姿を見送ってから、ルイアは盗賊たちに対しても各自自由にしていい、と告げた。
「自由にしていい、と言われてもなぁ……。あたしらなんも持ってないぞ」
「アジトから運んできた金品があるでしょ」
 当然のように言い放たれた言葉に、シーラたちは目を丸くする。
「全部盗品だぞ、あれ」
「盗品でも、持ち主はシーラたちなんだから、わたしたちは別に気にしないわよ。あ、でも貨幣だけにしてね。品物で足がついて、そのまま警察隊に逮捕でもされたら、さすがに助けられないし。どれだけ持たすかはシーラに任すけど、全員平等に」
 どこまでも平等にこだわるルイアに、シーラはある意味感心する。
 もし、これが普通の警察隊や騎士隊だったら、自分たちは今頃牢屋の中でまずい飯でも食っていただろう。盗品を自分たちの所持品として使用するなど、論外中の論外だ。盗品はすべて没収されるに決まっている。
 ルイアに言われたとおり、部下たちに金を渡したシーラは何をしようか迷っていた。
 その金額は自分の好きな物を買って、食事してもまだ余るくらいだ。男たちはその金で酒を飲むなり、花柳街に出向くなりするだろう。でもシーラは女なので、そんなことに興味はない。
 どうしようか迷っている様子のシーラに、
「することねぇんならさ、ちょっと俺のほう手伝ってくれねぇか……?」
 ヤマトが声をかけた。
「え……?」
 あまりに突然の申し出に、シーラはどきりと胸を高鳴らせる。
 自分の部下は異性として意識してなかったシーラだったが、ヤマトは別だ。シーラがはじめて敵わないと思った男で、それに加えて盗賊であるシーラをちゃんと女として扱った男だ。
 自分が女性として見られたシーラは、それ以降ヤマトを、部下とは違う、一人の男性として意識するようになっていた。
「いや、てーか、お前がいてくれるとすっげー助かんだよ。手伝ってくれねぇか?」
「あ、ああ……。別に構わないけど」
 ということで、シーラはヤマトと出かけることになった。


「なんなんだよ、これ!?」
 不本意そうに、シーラはヤマトを睨みつける。
「おー。結構似合ってんじゃねーかっ。合格合格」
「どーゆーことか、きちんと説明してもらおうか!? なんであたしがこんな格好しなきゃなんねーんだよっ!?」
 上品なドレスに着替えさせられ、化粧までされたシーラはヤマトの襟元を掴んで怒鳴り散らした。その乱暴な様子に、店員は驚いて振り返る。
 盗賊団の頭領は、今や素敵な貴婦人に変身していた。部下の盗賊たちも、ひと目見ただけではそれがシーラだとは想像もつかないだろう。
 そして、シーラを変身させた張本人も、それなりに身なりを整えていた。
 掴まれていた襟元をぱっぱと手で直したヤマトは上品めいた仕草で、お辞儀をする。今の二人を例えるなら――貴婦人と従者。姿だけは、まさにそのとおりだった。
「ブツを金に交換しに行くんだ。高貴な貴婦人は従者の俺に交渉を任して、ただいるだけでいい。ベール被ってていーから少しぐらいガマンしろよ」
「はぁ? なにさ、手伝えってこーゆーこと!? お前一人で行けばいーだろ!? あたしがいなくても金には換えられるだろ!?」
「貴族の方が値がつくんだよ。それに大半はてめーらの宝なんだ。協力しろよ」
「あ……」
 品物のままでは足がつくので、わざわざ換金しようとしてくれているらしい。
 今さらながら、ルイアの気配りは大したものだ。ちゃんと先のことまで考えていてくれる。
 シーラは知らないことだが、年がら年中旅をしているヤマトはそこら辺の事情にも通じている。交渉役をヤマトに任したのも、まさに適任としか言いようがない。
 大人しくなったシーラにベールを被せると、立派な貴婦人の完成だ。
「さあ、参りましょうか奥様」
 その手を取って、表に待たせてある馬車へと誘うヤマトの、いたずらっぽい瞳を見て、反論しようにも反論できないシーラは胸の内で早くも後悔した。


 一応任務中なので、遠くから王子たちが入った宿泊施設の様子を伺っていたルイアとフィーザスは、同じように王子の部屋を伺っていた一人の男を見つけた。
 上手に影から様子を伺っていたが、その男の放つ独特の空気をルイアもフィーザスも感じ取っていた。
 気配を殺す、暗殺者特有の習性。体に染み込んだ血の臭気。普通の人にはわからない些細なことも、二人――特にフィーザス――には、誤魔化せなかった。
「あんまり見つめていると気付かれるわよ」
 とっくにその男から目を逸らしたルイアが、笑いながらフィーザスに忠告する。今ルイアの目線は、通りの商店の数々に移されていた。
「あの程度の奴に遅れを取る俺ではない」
 つまり、あの程度の暗殺者など、フィーザスにとっては取るに足らない存在だと言っているのだ。
 ほんの少し気配の消し方や動作を観察しただけで、フィーザスには相手の力量がわかった。暗殺者としては三流の男だ。余裕で勝てる。
「カノンの情報では王子の命を狙っている暗殺者は複数いたわよね?」
「暗殺集団、だろ?」
「尾行して正体突き止めてもいいんだけど、ね……」
「俺たちの任務は暗殺集団を倒すことではない」
「そう。一応『王子を無事に王都まで送り届けること』だから、王子たちから目を離すわけにはいかないし。あーあ、やっぱり人数増やすべきかな? ビオは買い出しだし、ヤマトには換金頼んじゃったし」
 特殊部隊で動けるのはルイアとフィーザスを含め、たった四人しかいない。もう一人の隊員であるカノンは情報屋なので、実際の活動には参加しないのが普通である。
 つまり、サンエルウム特殊部隊は現在、たった五人しかいないのだ。
「別に尾行しなくても問題ないだろう。近いうちに向こうから仕掛けてくるさ」
「それもそうね」
 こうして二人はその暗殺者を放っておくことにした。


 ジェス王子たちの衣装の仕立てが思っていたより早く終わったので、もう一休みしようと宿泊施設に戻ろうとする王子たちに、ルイアは予定を繰り上げて出発することを告げた。
 暗殺者が活動するのは主に夜。今日街で姿を見たのでおそらく近いうちに仕掛けてくるだろうと予想した。もしかしたら今夜かもしれない。それまでに、できるだけ人の少ない場所へ移動しておきたかった。
 ジェス王子、ビエンナーレ子爵と共に馬車に戻ったルイアとフィーザスは、まずシーラに全員戻っているか確認した。
 あの後、偶然ヤマトとシーラの姿を発見したので、早く出発することを皆に伝えてもらったのだ。それから人伝いに伝言が行き渡り、ちゃんと全員戻ってきていることを、シーラはルイアに告げた。
 早めに戻ってきた盗賊たちのおかげで、大量の食料や物資を買い込んだビオは、荷物を馬車に乗せる作業がはかどって大助かりである。そのため、ルイアたちが馬車に戻ってきた頃にはもう出発できる状態だった。
「みんな馬車に乗って! 出発するわ!」
 ルイアの元気な声と共に馬車は動きはじめた。
 もうすっかり定位置になっている車内は、皆が買ってきた物で以前より狭く感じる。だが、皆の顔が近くなったような気がしてルイアは何となく嬉しかった。皆それぞれさっきの街で手に入れた自分の物を、顔を輝かせながら自慢していた。
「ルイアさん、見て下さい! オイラ薬屋に行っていろいろ買ってきたッス! これだけあれば旅は万全ッス!」
「さすがザイね。本まで買ってきてるし。あれ? すりつぶす道具まであるじゃない」
「あ、それ、薬屋の主人が使わなくなった物だからって譲ってくれたッス。薬について詳しい話までしてくれたッス。ほんとにいい人で……」
「やっぱりザイは薬剤師向きね。レーグは何の本読んでるの? 『古代の遺跡について』? レーグ、遺跡に興味あるの?」
 ザイの隣に座っていた青年の読んでいる本に目がいったので問うと、青年は少し照れながら答えた。
「オレ、建築家になりたかったんで」
「建築家!? いいわね。家じゃなくて遺跡みたいなの建てたいの?」
「こう、でっかくて立派で、観光名所になるくらいのやつ。そーゆーのの設計やってみたいなーって。ガキんころからの夢で。特に城の離宮を造った大建築家のレンティーノ先生とか憧れてたんで」
「ああ。レン爺さん? あの人まだ現役でがんばってるもんね」
 その親しい呼び方に、レーグはぱちくりと目を瞬かせる。
「知り合いなんで?」
「昔近所に住んでたの。遊びに行くとね、仕事の手を休めてこの図はこういう風になってこういう人たちが利用するんだとか、熱弁するのよ。今七十歳くらいだけど、すごく元気な人」
 そうしてしばらく、男たちは自分の趣味や子供の頃の夢を語り合った。
 なんだかこの旅をするようになってから、忘れかけていた夢をもう一度見るようになっていた。それはたぶん、ルイアが自分の知っていることを頻繁に聞いているからだろう。
 専門的な知識まで通じているルイアと話していると、いつのまにか熱く語っている自分がいる。
 ルイアは、他の人の考えや新しいことを発見する度に褒めたり喜んだりしてくれるのだ。
 それを見て、ついつい長い間心の奥底にしまい込んでいたことまで話してしまう。
 思い出してしまう。
 もう一度見てしまう。
 夢を――。
 ルイアは他人の長所を見つけることが得意なのかもしれない。
 決して諦めないルイアの姿を見ていると、自分も諦めないで頑張ろうという気になってきてしまうのだ。



「ルイアって、いろんな人と知り合いなんだなー」
 それまで話を聞いていたシーラは感心した。有名な建築家や作家、博士までも、ルイアは会ったことがあるそうだ。特殊部隊隊長とはそういうものなのか、と思ったが、どうも違うらしい。
「やだシーラってば。王都の中だけよ。母さんの知り合いが多かったから、それもあるけどね」
(ルイアの母さん……?)
 どんな人だろう、とシーラは思った。
 だけど、何だか聞いてはいけないような気がした。
 聞こうかどうか迷っていたシーラの心情を察して、
「優しくて聡明な人よ。このサンエルウムを愛してやまなかった。この国に住む人々のために勇敢に戦ったの」
 そう、ルイアの母は、元サンエルウム国第一騎士隊の隊長、レイシア。
「わたしは母の意思を継いで、ここにいる。特殊部隊を結成したのもそう。わたしは、母の娘であることを誇りに思っているわ」
 と説明した。
「へぇ。ルイアの母さんってそんな人なのか」
「なんだい。ヤマトも知らなかったのか?」
「まぁな。俺、ルイアと会ってからそんなに経ってねーし」
「それに、ヤマトは旅に出てたもんね」
 半月ほど前にビオと出会って、城の方に戻ってきたら、ヤマトはすぐに次の旅に出てしまった。
 もともと各地を旅していたヤマトだ。特殊部隊の隊員になったからといって、ルイアにはヤマトの自由を奪う気は全くなかった。
 ただ、居場所を把握しておきたかったので、定期的にカノンが鳥便などで連絡をしていた。今回のような大きな仕事(ヤマトにとってはおもしろそうな仕事)の時は一緒にすることになっていたので、旅先からそのまま向かい、途中で合流したのだ。
「ルイアとヤマトって、どんくらいの知り合いなんだ?」
 てっきりもう長い付き合いだと思っていたシーラは、気になって尋ねる。ルイアたちの様子から勝手にそう思っていたが、ヤマトはそんなに経ってないと言っている。
「会ったのいつだっけ?」
「ひと月前くらいよ。わたしがベルトウェイ地方の用水路を見に行った時だから」
「そーか。あれからもう一ヶ月かぁ。早いモンだ」
「セリフが年寄りくさいわよ、ヤマト」
「ほっとけ」
「……一ヶ月って、本当かっ!? もっと長い付き合いなのかと……」
 ルイアたちの様子を見ていると、とても一ヶ月の付き合いとは思えない。昔からの知己のように、何年も一緒にいるような、そんな感じだ。
 特殊部隊は皆そうだ。お互いを心から信頼し合っている。そんな短期間で、そのように信頼できるものなのか。シーラは疑問に思った。
「まあ、そう見えても不思議じゃないわね。特殊部隊の条件はその強さもあるけど、もっと大切なものがあるし……」
 特殊部隊の第一条件は、心から信頼できる自分の道は自分で切り開く者。
「それに、わたし一応隊長だけど、三人を部下だと思ったことは一度もないわ。フィーザスもヤマトもビオも、わたしの大切な『仲間』。普段はもう家族みたいなものよ」
 迷いなく断言した言葉に、ヤマトは嬉しくなる。
 古いしきたりに縛られた一族に生まれたヤマトは、命令に絶対服従しなければならない自分が嫌で堪らなかった。自分の道は自分で決めたかった。
 だから家を飛び出し、旅に出た。
 途中でルイアと出会い、特殊部隊に入ったことは間違いではなかったと思う。これは、自分で決めた道なのだ。 ルイアは、ヤマトが見てきたどんな人間よりも上に立つのに相応しい人間だ。だからこそ、ヤマトはルイアに仕えることを決めた。ルイアについていくと自分自身に誓った。たとえこの先何があっても後悔はしない。
「あーあ。ヤマトやビオも母さんに会わせたかったなぁ……」
「綺麗な人だったんだろ? お前は母親似みたいだし」
「母さんの若い頃にそっくりだって言われたわ。たくさんの人にね。特に――」
「――――ルイア」
 続けようとしたルイアの言葉を、フィーザスの低い声が遮った。
 その中に含まれた微かな警戒に、ルイアはすぐに気付く。
「ビオ! ゆっくり馬車止めて!」
 立ち上がったルイアの声に、御者台のビオはゆっくりと手綱を引きはじめる。車内ではフィーザスもヤマトも立ちはじめていた。
「何人?」
「全部で七人。ただし、妙な気配が二つある」
「わかった。――ジェス王子」
「な、なんだ?」
 ただならぬルイアたちの様子に、少し怯みながら問い返す。そのジェス王子に、ルイアはただ事実だけを告げる。
「暗殺者が来ました。王子にはわたしたちと一緒に外に出ていただきます。他の人は馬車の中で待機しててください。馬の外には何があっても絶対出ないように」
「ちょっ、ちょっと待って下さいっ! 王子の従者であるこの私もですかっ!?」
 中で待っていろと言われたビエンナーレ子爵は慌てて講義する。王子の命を守る立場であるビエンナーレ子爵としては、当然納得できない。
「あなたもです、ビエンナーレ子爵。勝手に出たら命の保証はしませんから、そのつもりで」
「なっ!?」
 とても不本意であるようなビエンナーレ子爵の顔つきに、ヤマトは指を突き刺す。
「いーか!? はっきり言えば、てめーが一緒に戦うっつっても、足手まとい以外の何者でもねーんだ。それとも何か!? てめーはプロの暗殺者とでやって勝てる自信があるってーのか!? てめーのためだけに、よゆーで勝てる戦いを捨てろってーのかよ!? 口だけの貴族サマは指でもくわえて見てやがれ!」
 折角ルイアが丁寧な言葉で遠回しに言ったのに、ヤマトは遠慮なしにずばずばと言ってしまった。これではルイアの気遣いが台無しではないか。
 でも、この方が、都合がいいと言えばいいので、ルイアは敢えて何も言わない。
 そんなことで時間を取られている場合ではないのだ。口よりも手を動かす時である。
「シーラ! あなたの武器を返しておくわ。ないと思うけど、万一の時はここにいるみんなを守って。それと、見張りもお願い」
「あ、ああ。それはかまわないが……。見張りってゆーと、外に出ないよーにしろってことか? 例えば、そこの貴族のおっさんが……」
「そう、お願い。もし、ビエンナーレ子爵がわたしの忠告を無視した場合、実力で抑えていいわ」
「え……?」
 ぎょっとしてビエンナーレ子爵が振り返るが、ルイアはもちろん取り合うつもりはない。
 このような正念場を前にして、ぎゃあぎゃあと喚く人間はきっぱりと無視するに限る。
「やっていいわ。全責任はわたしが持つ」
 恐れる様子もなく断言したルイアの態度に、信用されていることを感じたシーラは唇を吊り上げて不敵に笑う。
「了解」
 車内のことはシーラに任してルイアたちは外に出て行った。


「いるのはわかっているわ! 出てきなさい!」
 車外に出たルイアは一歩前に出て声高に叫んだ。
 このような荒野でも、ルイアの声はよく通る。どんな相手でも、聞こえないはずがない。
 ここまで近づけばルイアにも気配は感じ取れる。たとえ相手が暗殺者であろうとも、自分より実力が下の者であるならば、気配の消し方にもむらがある。そのわずかな気を感じることができるのだ。
「王子を殺したければ、まずわたしたちを倒すことね! わたしたちがいる限り、あなたたちの仕事が達成されることはないわ! 絶対にね!」
 ルイアの言葉に反応するように、複数の黒影が岩の影から出現した。
 月明かりの下、あらわになったその姿。誰か、なんて問わなくても一発でわかる。
 闇を生きる者。
 殺しを生業とする者。
 光の下には決して出ない者。
 ――暗殺者。
 夜に溶けるような黒装束に身を包んだ、五人の男の姿。
 だが、今夜はその中に似合わない、ぼろ布を纏った背の高い十七歳ほどの青年とまだ十歳ほどの少年の姿があった。
「気をつけろ。あの二人、妙な気を発している」
 フィーザスの忠告に、こくりとルイアは頷く。外に出た瞬間からその気配が気にかかっていた。
 何だか心が落ち着かない。嫌な予感がまとわりついて離れない。
「行け、ども! 立ちはだかる敵を殺せ!」
 集団のリーダーと思われる男の命令に従って、ぼろ布の二人は一直線に向かってきた。
 王子の護衛をビオに任せ、ルイア、フィーザス、ヤマトは敵に向かっていく。
 ルイアは細剣を、フィーザスは剣を、ヤマトはくないを、そしてビオが太い長剣を抜いた。
 使い込まれた武器。自分の力を最高にまで引き出してくれる愛剣。それぞれを手に、眼前の敵へと向かう。
 双方が至近距離に近づいたその刹那、ぼろ布を纏った二人は信じられない跳躍で一気にルイアたちとの距離をなくした。
「……っ!?」
 慌ててルイアとフィーザスは自分の剣でその攻撃を受ける。
 次の瞬間、ルイアは目を疑った。
 焦点が合ってない。
 光を見失った暗い瞳。
 自分と戦っているこの少年の瞳は、虚無。
「……麻薬、中毒者…………っ!!」
 ルイアは吐き捨てるような声音で呟いた。



 暗殺者が用いる薬の中に、〈BK〉という麻薬がある。
 服用中は脳の運動能力制御が外れ、異常なまでの運動能力が得られるという特殊な麻薬である。その、あまりにも強力すぎる効力のため、体力がない者は耐え切れず死に至る。そのため、自分から〈BK〉を使用しようなどと考える人間は、よほどのことがない限りいない。
 運良く死ななかったとしても、使用後は自我が保てなくなるほど強力な薬。麻薬にはかわりない。
「ルイア、どうする?」
 戦いながら近づいてきたフィーザスが問う。ヤマトも敵の攻撃をかわしながらルイアの指示を待っている。
「この子たちは殺さないで……っ!」
 かすれるような声で言った。
 助けたかった。
 この少年たちは自分の意志で麻薬に手を出した訳ではない。
 望んではいなかった。このような姿になることなど。
 ルイアは、この少年たちの心が死んでいないことに賭けたかった。


 ルイアの言葉を聞いたフィーザスとヤマトは、すぐさま少年たちの気を失わせた。〈BK〉中毒者相手に手こずるようなフィーザスやヤマトではない。自我がない麻薬中毒者など恐るるに足らない。特殊部隊のメンバーはそれほどの実力者だ。そして、そのまま黒ずくめ男たちの方へと走る。
 男たちは〈BK〉中毒者の二人があっさりと地面に倒されたことに驚愕したが、所詮は心を持たない人形。無駄な動きが多い分負けるかもしれないと予想はしていた。捨て駒だ。
(捨て駒ですって……!?)
 人間をそんな風に考えている男たちの表情を読み取り、怒りを覚え、歯軋りする。
 人は皆、幸せになるために生まれてくるのに。
 誰も、人の幸せを奪う権利なんてないのに。
「――――――許さないっ!!」
 ルイアが叫んだ。
 あんな男たちのために、二人の少年がその身を犠牲にした。
 それを正しいことだと思っている。
 人間を道具だと思っている。
 そのような人間に人生をやり直す資格なんてない!
 …………ドスッ…………
 鈍い感覚と共にルイアの剣が男の心臓を貫いた。
 それまで動いていた男の体は支えを失ったように倒れる。糸が切れた人形のように、がっくりと。確認せずともわかる、即死だ。
 同様に、フィーザスやヤマトの側でも男が鮮血を吹き上げながら地面に伏した。倒した男が地面に伏すのを待つまでもなく、ヤマトは自分に襲い掛かってきた二人目の男に向かって手裏剣を投げる。薄暗い夜、同系色の手裏剣の軌跡を見抜くことは、その三流暗殺者には不可能だった。一瞬動かしたと思われるヤマトの腕に注意を向けた瞬間、男は地面に縫い付けられた。と認識したときには、ヤマトのくないが男の心臓を貫いていた。
 これで地面に落ちた人間の数は四人。残りはリーダー格の男だけだ。
 どこにいるのか、視線を彷徨わせたルイアの視界の隅を、小さな黒影が通り過ぎた。
 どうやら仲間が倒されていく隙に逃げ出したらしい。
「逃がさないっ!」
 慌てて後を追おうとしたルイアの肩を大きな手が止めた。
「何で止めるの!?」
 あの男をここで逃がしたら、この先何をするのかわかったものではない。絶対に逃がしてはならない。それなのに、止めるというのか。
「お前が行く必要はない」
「このまま見逃せっていうわけ、フィーザス!?」
 冗談じゃない、と鬼気迫る勢いで攻め寄るルイア。それを遮ってフィーザスは言う。
「俺が行く」
 強い声で断言した。その目は自分一人で十分だと語っている。
 虚をつかれたルイアをその場に残し、フィーザスは行ってしまった。


 この岩石だらけの荒野でも、手に取るように相手の位置がわかる。
 暗殺集団のリーダー格の男でも、フィーザスから見れば所詮三流暗殺者。相手の力量など、たかが知れている。気配を消したところで無意味だ。
 常人離れしているフィーザスの足ならば、追いつくことは容易だった。
 男は、突然目の前に現れた銀髪の青年の姿に驚愕する。まさか、こうもあっさりと追いつかれるとは思ってなかった。自分の目が信じられなかった。
「……この俺から逃げきれると思ったのか……」
 低く、脳まで響く声に、ぎょっとして足を止める。心臓を鷲づかみされたような錯覚が起こった。男の周囲だけ、空間が切り離されたようだ。
 ――殺されるっ!
 本能的にそう悟った。
 目の前に立っているこの男と自分では、あまりにも格が違いすぎる。
 この男は絶対の強者だ。
 何人も平伏す絶対の覇者だ。
 膝が笑っている。手が震えている。逃げなければ殺される。
 それなのに、足はぴくりとも動かない。まるで、動くことを忘れてしまったかのようだ。
 男は、生まれて初めて本物の“恐怖”を実感した。

 フィーザスは瞬きもせずに男を凝視していた。
 その男は自分にとって取るに足らない存在である。しかし、
(ルイアの手を、これ以上汚させる訳にはいかない……)
 彼女は光そのものだ。光が血で曇ることはなるべく避けたい。
 これは自分の役目だ。
 固く決心した紫の瞳はどこまでも冷たく凍っている。月光の下で淡い輝きを放っている銀髪は、この世のものとは思えないほど、妖しく、静かに、見る者の心を奪う。そして、全身から迸る気迫は、相手を飲み込むような勢い。
 そう、まるで……鬼。
「ま、まさか!? お前は……あの、伝説の……――――」
 男は色なくして声を絞り出す。
 フィーザスの姿が消えた。
 次の瞬間、男が認識できたのは、自分の胸に深く突き刺さった一本の剣だけだった。

「…………暗殺者……〈鬼神〉ジュダー……ド………………」

 最期の力を振り絞って出した声は、荒れた大地を通り過ぎた強風に飲み込まれた。

第2章 / 第4章

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