――第2章



「いいかい? 失敗するんじゃないよ」
 女は、集まった部下たちの顔を見回しながら音量を抑えた声で言った。
 周りを見渡せば、緑、緑、緑。
 樹々が生い茂るこの一帯は東西南北どこを見ても緑だけだった。
 それほど高い山ではないが、ちょうど街と街の境目のため、無理に開発しようとする人間はいない。完全に整備されていない道が数本あるだけである。
 うるさい役人もいない。盗賊たちの、恰好の縄張りだった。
「もうすぐこの道を金持ちの馬車が通る。その馬車がこのポイントまで来たら、一斉にかかりな。邪魔する者は容赦なく倒していい。けど殺すんじゃないよ。金や食料を頂いたらすぐ撤収しな」
「了解だ、お頭」
「じゃあ、さっさと持ち場につきな野郎ども!」
「へいっ!」


 数分後、何も知らずに豪華な馬車の一行がやってきた。
 息をひそめて機をうかがっていた盗賊たちは一斉に行動を開始した。


「王子! お逃げ下さい! 盗賊です!」
 馬車の外からその声が聞こえてきた途端、馬車の中で話していたジェス王子とビエンナーレ子爵は剣を抜いて外に飛び出していた。
「ならん! これはサンエルウム国への献上品だ! 何としても守りきれ!」
 王子に促されて忠臣たちは戦う決意をしたが、大勢の敵に対して味方はたった七人。圧倒的不利だった。
 警護の騎士たちもそこそこの手だれであったが、敵の人数が人数である。善戦も虚しく次々に倒されていく。
 そのとき、きらりと何かが光るのを、ビエンナーレ子爵は見た。
「王子っ!」
 ひゅっと風が切られる音。
「ぐあああっ!」
 その刹那、誰かの雄たけびが広がる。
「フレッド!」
 王子は慌てて自分の上に覆いかぶさっている壮年の紳士の状態を確かめる。王子を突き飛ばした子爵の右腕には、深々と矢が刺さっていた。
 勇敢なフレッド・ビエンナーレ子爵も、王子を守ろうとして一瞬の隙をつかれ、とうとう利き腕を負傷した。
 そして豪華な金箔で装飾された馬車の入口が破壊され、荷物が強奪されようとした時。
 遠くから蹄の音が聞こえた。
 近づいてくる蹄の音に、盗賊たちは手を止めてその方向を見る。
 次の瞬間。盗賊たち数人がばたばたと音を立てて倒れた。
「どうしたっ!?」
 仲間の一人が問いかけたが、倒れた者たちは誰一人として起き上がろうとはしなかった。近くにいた男が倒れた者の様子をそぉっと伺う。
「!」
 倒れた者たちは皆、見事に気絶していた。それも、たった一瞬にして。
「何者だっ!?」
 何が起きたのかわからず、ぼーっとしていた盗賊たちの耳を、仲間の怒声が打つ。
 弾かれたように慌てて視線を移した先には、王子を守るようにして立つ三人の姿。真ん中に亜麻色の髪の少女、その右に美しい銀髪の青年、左に灰色の短髪の剣士と思われる男。
 それは確かに、今までそこに存在してなかった三人だった。
「フィーザス! 一人も逃がさないで! ビオ! 王子たちを守りつつ応戦を!」
「承知致しました!」
 それだけ言葉を交わすと、三人はそれぞれ盗賊たちと戦いを開始した。目には見えない早業で次々と敵を倒していく。数で圧倒的差がありながらも、地面に倒れていくのは盗賊ばかりだ。三人の実力は常人のレベルをはるかに超えていた。
 ジェス王子は突然現れた三人に驚いたが、どうやら自分を守ってくれているようなので、とりあえず安堵する。助太刀しようとも思ったが、三人の強さは並ではなく、これではかえって足を引っ張ってしまう結果は目に見えていたので、戦闘は任して、負傷した部下たちの様子を確かめにいかせてもらった。


「何? 何者なのよ、あの三人……」
 高い場所から部下たちの様子を伺っていた盗賊団の頭は、その状況に困惑せずにはいられなかった。
 今回も、人数的にみれば楽な仕事だったはずだ。金持ちの馬車一台、それを襲って金品をいただくだけ。の護衛は騎士五人。馬車の中でのうのうとお喋りしている金持ちは最初から戦力外だ。それに対して盗賊団は十人以上いた。
 それなのに、たった三人の出現で形勢は一気に逆転した。その三人に部下たちが次々と倒されていく。最後の一人が倒されるのも時間の問題だろう。
「助けなければ……」
 知らず知らずの内に握り締めていたこぶしに力が入る。大切な部下たちをみすみす見殺しにはできない。皆、頭領である自分を慕ってここまでついてきてくれた者ばかりなのだ。
 できるか。あの三人相手に――。
 いや、やるんだ。
 たとえ勝てなくても、今は一人でも多くの仲間を救う方が先だ。
「お。優しいねぇ。でも、部下の心配より自分の心配した方がいーぜ」
 突然すぐ背後から知らない男の声が聞こえた。
「誰っ!?」
「はーい。ストップ。動かないよーに」
「痛っ……」
 振り返ると同時に腰の剣を抜こうとした、盗賊団の頭領の両腕が男に抑えられた。
 振り返ろうとした頭領の動きは無駄な動きがなく、とても素早い動作だった。これならば、十数人の男たちを差し置いて、女だてらに盗賊団の頭領となっている理由も簡単に頷ける。だが、男はそれをさらに上回る速さで女頭領の両腕を抑えた。
 両腕を背中で固定され、女頭領にはどうすることもできない。この男の力の枷から自力で抜け出すことはできそうもない。
 ――この男には到底敵わない。
 どんな男でも、たとえ自分たちを捕まえようとする騎士隊であっても、敵ならば手加減なく倒してきた女頭領がはじめてそう思った瞬間であった。
「どーやらあんたの部下も全員捕まったよーだし、そろそろ行こーか。大丈夫、命はちゃんと保証するぜ?」


「大丈夫ですか?」
 盗賊たちを全て倒し、縄で縛る作業はあとの二人に任せたルイアは負傷者の具合を確かめていた。ツイール国王子一行の中で比較的軽傷で済んだのはジェス王子のみで、ビエンナーレ子爵を含めた他の七人は重傷で、起き上がれないほどの者もいたが、死者がでなかっただけよかっただろう。
「あの、あなたたちは一体……?」
 右腕に包帯を巻き終えたビエンナーレ子爵が恐る恐る尋ねてくる。
 命を助けてもらった恩人だが、むやみに他人を信用するわけにはいかない。王子は命を狙われているのだ。番犬のように警戒しているビエンナーレ子爵に、ルイアはにっこりと微笑む。
「ご挨拶が遅れて申し分けありません。わたしたちはグラザーン国王より、あなたたちを王都サン・タウンまで無事送り届けるよう依頼された者です。これがその委任状です。ご確認を」
「――――確かに。これはグラザーン国王のサインとサンエルウムの紋章……」
「納得していただけましたでしょうか?」
「うむ」
「では、ここからは、わたしたちサンエルウム特殊部隊がご同行させていただきます」
 一礼するとルイアは一度ジェス王子たちのところから離れた。一応自分たちの素性を明かして形式上の挨拶だけは済ませたので、詳しい話は後回しだ。それより今は、盗賊たちのことで気になることがある。
 盗賊たちを全員縄で縛って一か所に集め終わったフィーザスとビオは、盗賊たちから取り上げた武器の山の近くに立ちながら監視を続けていた。
「ねぇビオ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「何ですか?」
「ふもとの街まで行って、馬車を調達してきてほしいの。どんな馬車か、わかるよね?」
「ああ……。はい、わかります。交渉して、もらってくれば良いのですね」
「うん。よろしくね」
「承知致しました」
 自分が乗ってきた馬から余計な荷物を下ろすと、ビオは一目散に山を下っていった。
「さて、と。盗賊の皆さん……」
 すでに意識を取り戻している盗賊たちに向かってルイアは笑顔で問う。
「あなたたちの頭領はどこにいるのかしら」
 あっさりと言ったその内容に、盗賊たちの間に緊張が走る。だが、その盗賊たちよりもその内容に驚いたのは王子たちの方だった。
「ちょ、ちょっと待って下さい、特殊部隊さん! その盗賊たちの頭領はまだ捕まってないのですかっ!?」
 詳しい話を聞こうと思って近づいてきたジェス王子とビエンナーレ子爵は顔色をなくす。
「あ。そうですね。あなたたちは知らなかったんですよね。この人たちはシーラ盗賊団と言って、この地方では有名な盗賊団の一つです。頭領は、〈白蛇〉の異名を持つ、シーラという名の女性なんですが……残念ながら、この中に該当する女性はいません」
 〈白蛇〉――家に幸いをもたらすといわれている。
 金持ちからしか盗まないシーラ盗賊団の、義賊的行為から、そう名づけられた。
 その異名をほしいままにした、頭領のシーラという女性。
 カノンからその情報を聞いた時から、ルイアは会ってみたいと思っている。一体、どんな女性なのだろうか。
「女性、なのか……?」
 明らかに不信な様子でジェス王子。声には出さないが、その隣にいるビエンナーレ子爵も同じ気持ちだった。
「ジェス王子、女性だからって甘く考えないように。五人編制の騎士隊をたった一人で倒したほどの腕前です」
「騎士五人を!? 一人で!?」
「情報にはそう書かれてました」
「信じがたいですな」
 ビエンナーレ子爵もそう呟く。自分たちのレベルからは考えつかない話だ。しかも、噂の主は女性であるという……。
「けっ。ウソじゃねぇよ。うちのお頭は強ぇんだからな」
「そーだそーだ。お前みたいな軟弱王子様の敵う相手じゃねーよ」
「五分で死ぬのが落ちだね」
 自分たちの頭の話になった途端、水を得た魚のように騒ぎ出す盗賊たち。よほど頭領の強さを信頼しているのだろう。誰もが自慢気に話す。
 ジェス王子たちにしてみれば、無礼この上ない話だ。縄で縛られている者に暴力を振るうような真似はさすがにしなかったが、ツイール国王子に対して無礼だとビエンナーレ子爵は大声で注意する。だが、身分など関係ない盗賊たちにとってはあまり効果がない。ルイアもフィーザスも身分は気にしない人間なので、放っておく。言いたいことは言わせておけばいい。それがその人間への理解に繋がるし、その方がルイアたちにとっても都合がいい。
「あー。盛り上がっているとこわるいんだが、あんたたちの頭領は俺が連れてきちまったぜ」
 樹々の間から聞こえてきたその声に、盗賊たちの動きがピタリと停止した。



 その言葉が信じられず、盗賊たちは一斉に振り向いた。だが、そこには間違いなく盗賊団の頭であるシーラがいた。あの、明るい橙色の髪を見間違うはずがない。
「お頭っ!」
「てめぇ! お頭に何をしたっ!」
「おいおい、人聞きの悪いこと言わないでくれないか。俺は別にお前らのお頭に手ぇ出した訳じゃねぇんだからさ」
 この男は、そういう言い方がさらに誤解を招くことを知らないのだろうか。
 悪びれる様子もなく、女頭領シーラを連れて現れた旅装束の男が言う。
 ゆっくりと近づいてくるにつれて、シーラの顔もその男の顔もはっきりと認識できるようになってくる。王子たちは身構えて剣の柄に手をかけようとしたが、その前にその男の正体が明らかとなった。
「うそ、ヤマトじゃない。久しぶりっ」
 ルイアが楽しそうな声で男に近づいていく。
 その男は比較的長い黒髪を後ろで結んでおり、髪と同じ色の目はやや切れ長。すらっと背が高く、足も長い。どこにいても、もてそうな容姿である。
「よぉ。ルイアもフィーザスも変わりなさそーだな」
 ヤマトと呼ばれた青年も、片手を上げて明るく答える。
「もちろんよ。ところでヤマト、いつまでそうしてる気? 女性は優しく扱いなさいよ」
「おー、すまん。力は入れないよーにしてたんだが、痛かったか?」
「……別に。――って、それよりっ、あたしの部下たちは無事だろーねっ!?」
 さすが盗賊団の頭領だ。このような状況に陥っても肝が据わっている。
「もちろん。わたしたちは、たとえ敵であっても、むやみに傷をつけることはしないわ。ま、今回は仕事が仕事だけにああするしかなかったけど、殺すことが目的じゃないしね。でも、困ったわ。あなたも、あなたの部下たちも、このまま大人しく王都まで連れて行かれるような人間じゃないし」
「はんっ。当然だ。あたしらを甘く見るなよっ」
「このままじゃずっと平行線ね。困ったな……」
 ルイアとしては同意した上で王都まで連れて行きたいのだが、血の気の多い盗賊たちは、隙あらば必ず脱走を企てるに違いない。特殊部隊の実力で黙らせるのは容易だが、それはルイアの信念に反する。
 また、シーラとしても部下を助けたいし、捕まりたくはない。不意をつかれてこのようなことになったが、十分に渡り合える力があると確信している。大人しく従う訳がない。
「あ。そうだ。こういうのはどう? あなたとわたしが闘って、もしあなたが勝ったら見逃す。でもわたしが勝ったら、大人しくわたしたちと王都まで行きましょ」
「なっ!? 本気かい!?」
 本気でそのような馬鹿げた賭けをしようとしているのか、この女は。
「フィーザスもヤマトもそれでいい?」
「いーんじゃねぇの。ルイアの好きにしろよ。じゃ俺はそこらで休ませてもらうわ。終わったら起こしてくれ」
 気楽に言うとヤマトはシーラから手を離し、少し離れたところで寝転がってしまった。
 フィーザスも何も言わない。
「ちょっと待って下さい、特殊部隊さんっ。まさか本気でそのようなことを考えている訳ではないでしょうっ!? この盗賊たちは王子の命を狙った連中なのですぞっ!」
 そのような連中を見逃すとは何事か。たとえ冗談にしても言って良いことと悪いことがある。ツイール国側が信じられないという面持ちの中で、特殊部隊のメンバーは何もせず呑気なものだ。
「ツイール国王子へ無礼な行いをした連中を罰しない訳にはいきませんっ!」
「場合によってはサンエルウム国とツイール国の友好問題にまで発展しうることもありえる。その責任をどう取るつもりか聞かせてもらおう」
 王族たる威厳に満ちた声でジェス王子が問う。
 そのただならぬ雰囲気に数名の盗賊は気を呑まれてしまい、背筋を正す。しかし、そのような脅しはルイアたちには通じない。
「特殊部隊隊長はわたしです。特殊部隊の行動はすべてわたしが責任を取ります。わたしたちはそれぞれ自分たちの信念に基づいて行動しています。その行動に不満があるのならわたしに言って下さい。そうそう、特殊部隊は国王直属の部隊ではないので、グラザーン国王は何の権限も持っていません。ですので、グラザーン国王に責任を追及しても無駄であることは忘れないよう、お願い致します」
「だ、だが、王子の護衛と言っていたではないかっ!」
「今回はグラザーン国王から依頼されただけです。報酬を貰って仕事をするギブ・アンド・テイクの関係ですよ。それより、少し静かにしてて下さい。わたしは今盗賊団と取引している途中なんですから。あとの質問は取引が終わってから伺います」
 問答無用でツイール国一行を黙らせたルイアは、会話が途中になってしまった盗賊団の頭領シーラの方を振り返って、また取引をはじめる。
「で、さっき言った条件でいい? いいのなら早くはじめたいんだけど」
「呆れた。本気であたしと取引するつもりなのかい。でもあたしは疑り深いんでね。……たとえば、そっちが負けた途端この取引はなしだとか言い出すんじゃないか、とか」
 おそらく、このツイール国の者たちはそう言うだろう。そういう人間だと会ったばかりのシーラも判断できた。いや、偉い人間の大半はそうだ。期待させておいて、自分たちが不利になったら手のひらを返したように態度を変える。こんな取引など最初からなかったことにする。
「なら、一筆書こうか?」
 懐から紙を一枚取り出して、ルイアは何かを書きはじめる。
「……特殊部隊隊長ルイア、と。これでいい?」
「『わたしが負けた場合、シーラ盗賊団は捕まえない。――サンエルウム特殊部隊隊長ルイア』?」
 こんな紙をどうしようというのか。
「それをあなたに渡しておくわ。もしわたしたちが約束を破った場合、その紙でサンエルウム国相手に裁判起こせばいいでしょ。そうすれば賠償金がたくさん貰えるはずよ」
「はっ。ここまでやるとはね」
「どんな相手でも正々堂々とやるのよ、わたしは」
「気に入った。その取引のってやろうじゃないか。お前たちもそれでいーだろ?」
 シーラが部下たちに確認したが、当然反対する者は一人もいなかった。
「あなたみたいなタイプ……嫌いじゃないわ。フィーザス、邪魔が入らないように見張ってて! それと開始の合図お願い!」
 そう言うと、二人はそれぞれ距離を取り、剣を抜いて構える。
 フィーザスは一枚のコインを取り出して、力強く弾き上げた。

 二人は足に力を入れる。
 その反動で小さく砂埃がたつ。だが、二人の足に絡み付こうとしたそれは、横から吹いてきた風に呆気なくさらわれた。
 コインが弧を描いてゆっくりと落ちてくる。

 多分勝負は一瞬で決まる。
 二人とも本能的にそう悟った。

 手練れ同士の決闘だ。長引くはずがない。
 その一瞬にすべてを出し切った方が勝者となる。

 ――そして、乾いた音を立てコインが地面に触れる。
 その瞬間、二人の姿がそこから消えた。

 鈍い衝撃音がして、片方の剣が空高く舞い上がる。

「……決まったな」
 そう呟くフィーザス。

 それは、普通の人間の感覚でわずか二秒間の出来事だった。

 確かに勝負は着いた。
 しかし、何が起こったのか常人にはさっぱりわからなかった。
 それほど二人の実力が超人並のレベルだったのだ。
 完全に見切れたのは、特殊部隊のフィーザスと横目でその様子を伺っていたヤマトのみ。
 王子たちも盗賊たちも、他は誰一人として見切れた者はいなかった。

「わたしの、勝ちね……」
 剣先でしっかりとシーラの喉元を捕らえたルイアが、笑みを浮かべてそう宣言する。


「お、お頭が、負けた……」
「あの完全無敗のお頭が……」
 自分たちの望みが絶たれたことよりも、頭領のシーラが負けたという事実に盗賊たちは動揺を隠せなかった。育ちが悪く、乱暴で強奪行為を続けていた盗賊たちだが、皆シーラを尊敬していた。その強さに憧れ、ついてきた者も多い。
 だが、そのシーラが負けた。
 何もかも信じられなかった。自分の目に映った、その光景が――。
「立てる?」
 手を差し出してくるルイア。敵の情けは死んでも受けないようにしていたシーラだが、何故か腹が立たなかった。ここまで完敗すると、腹が立つというよりむしろ気分が晴れ晴れしている。何か、この女なら負けてもいい、そのような気持ちだ。
「負けたよ、完全に……。あんた強いな」
 体を起こすのを手伝ってもらいながら、シーラが言う。世の中の広さを改めて実感した。お山の大将気取りでいた自分が恥ずかしい。
「約束どおり、これは返す。あたしは大人しく捕まるよ。あんな強さを見せ付けられたんだ。他の奴らももう逃げようなんて考えないだろ」
「ありがと。ところで、シーラ盗賊団ってあれで全員?」
「そーさ。意外と少ないだろ」
 少し皮肉を含んだ言葉を残し、シーラは大人しく縄で縛られている仲間たちのところへ向かう。その後ろ姿を見ながら、ルイアはこのシーラという女性が何故あそこまで敬愛されているのか、何となく理解できた気がした。 たぶんシーラのその潔い性格が男たちを惹きつけ、その強さが心のよりどころだったのだろう。自分たちの面倒を嫌と言わずに見てくれる、姐さん的存在。生きるために戦う女性。男たちにとっては、シーラは旗であり象徴であるのだ。たとえ牢獄に入ることになっても、シーラについていったことを後悔しないだろう。
 そんなことを思い、ルイアは何となく優しい気持ちになった。世間では義賊的に噂されているシーラ盗賊団の実態は、噂よりもすばらしいものだ。会えてよかった。ルイアは心からそう思った。
 剣を鞘に戻し、自分が飛ばしてしまったシーラの剣も取りに行く。
 これで、シーラ盗賊団のことは一段落だ。


「ヤマト。ちょっとその人に案内してもらって盗賊団のアジトまで行って、そこにある物全部持ってきてくれない?」
「は? なんで?」
「これは盗賊団の引っ越しみたいものでしょ?」
 だから盗賊たちの荷物を持っていくのは当然ではないか。と、青い瞳が語っていた。
「なんで、この俺がいかなきゃなんねぇんだよ」
 面倒なことが大嫌いなヤマトはちょっとやそっとのことでは動こうとしない。
「あんた今回少しも動いてないじゃない。その無駄にありすぎる体力、使ったらどう?」
「これが袋だ」
 意味もわからず手渡された大きな布袋にしばし沈黙する。
「って、おいフィーザス、何でこんなモン持ってんだてめーは!」
「必要かと思って持って来た」
「どんな必要性だよ、そりゃー」
「今必要じゃない」
「ルイアもルイアだ。てめーら二人とも世間様の常識からすこーしズレてねぇか?」
「何を今さら……」
 自分たちが普通でないことは、周知の事実である。
「あーそーだよな。今さらだよな。言った俺がバカだったぜ。アジトに行って荷物全部持ってくりゃいーんだろ? 持ってきてやるよ。持ってきてやろーじゃねぇか。あーくそっ。おい、ぼさっとしてねぇでさっさと行くぞっ」
 一方的にシーラの腕を掴むと、そのままヤマトは道のない山の中に入っていった。
「いってらっしゃーい」
 背中からルイアの声が追いかけてきたような気がしたが、きっぱりとヤマトはこれを無視した。



 ヤマトとシーラが大きな袋を背負って戻ってきた時からそれほど時間を置かず、街に行っていたビオも大きな馬車を調達して戻ってきた。キャラバンの人間たちが使うような、大きな馬車だった。これならば十数人いる盗賊団も楽に収容できる。
「ただいま戻りました、ルイア殿。――おや? ヤマト殿ではないですか。いつのまに合流したのです?」
 自分がこの場から離れたときはいなかった黒髪の男を発見して、問う。今まで旅に出ていたその男の姿を、ビオは久しぶりに目にした。
「ビオがいなくなったすぐ後さ」
「ああ、そうなのですか。それは――」
「ちょっと待って。すると何? あんた、はじめっからいたわけ?」
「しまった。口が滑った……」
 慌てて口を抑えたが、ルイアがそれを見逃すはずがない。
「どうなのよ? ヤマト、正直に答えて」
 追求してくる青の双眸を目の当たりにして、ヤマトは冷や汗が流れるのを感じた。慌てて視線を逸らす。
「いやぁ……はっはっはっはっ。ルイア、過ぎたことは気にすんな」
「あんたが胸張って言えるセリフじゃないわね」
 そのとおりだ、と内心フィーザスは同意した。
「いーじゃんか。終わりよければすべてよし、だろ?」
「あーもう。明るく肯定されると怒る気も失せるわ……」
「ヤマト殿も相変わらずですな」
 こうやって和めることが特殊部隊の良いところかもしれない。
 そう考えてルイアは、ヤマトのことに関してはそれ以上追求しないことにした。久しぶりの大人数での旅だ。楽しく過ごさなくては損だろう。
「じゃ、ヤマト。運んできた荷物、馬車の中に入れちゃって。ビオは盗賊たちの武器をひとまとめにしてくれる? フィーザスは盗賊たちの縄を切るの手伝って」
 気持ちを切り替えて、ルイアがそう言うと三人の男たちはそれぞれ与えられた仕事にかかった。
 盗賊たちは、自分たちの縄を解きはじめた二人に目を丸くした。
「どーゆーことだ?」
「あー、自由になった人から馬車に乗ってくれる? 準備が済んだらすぐ出発したいから」
 困惑している盗賊たちの様子などお構いなしに、ルイアは明るい声で言う。縄で縛られていなかったシーラが、どうして縄を切る必要があるのかルイアに尋ねると、
「手が使えなかったら不便でしょ」
 と、あっさりとした答えが帰ってきた。
「はっはっはっ。いーねぇ、あんた。あたし国の役人ってつまんない奴ばかりだと思ってた」
その考え方が気に入り、シーラは部下たちを急かして馬車に乗り込む。他の人たちも頭領のシーラに続く形となった。
 盗賊たちが全員乗り終わってからルイアたちは自分たちの荷物を運び込む。ここまで乗ってきた馬は馬車を引く馬として前方に繋がれたので、ルイアたちも一緒にこの馬車に乗らなくてはならない。
「ところで、特殊部隊隊長殿。我々はどうすれば良いのですか」
 荷物を積んでいる時、ツイール国一行を代表してビエンナーレ子爵がルイアに尋ねてきた。
「え? どうするって、あなたたちも馬車があるでしょう?」
「その馬車は、もう使い物にならない状態なのですが……」
 盗賊たちの奇襲を受けて、金箔を貼られていた馬車はもう原型を留めていない。たとえ修理したとしても、車輪の部分が見事に折られていて使える状態にはならない。
「え? そうなんですか? なら、この馬車に一緒に乗って下さい。大きい馬車ですからまだまだ余裕がありますので」
「と、盗賊たちと一緒の馬車に乗れ、と!?」
 とんでもない話だ。こっちは王族や貴族、警護の武士たちも由緒正しい家の出である。蛮族たちと同じ馬車に乗れるわけがない。
「嫌なら歩いていきます? でも、ここから王都まではかなり距離がありますよ」
「ぐっ……」
「…………仕方ない。この馬車に乗ろう、フレッド」
 そうするしか道がないことを悟ったジェス王子は、そのように促す。
「しかしっ、王子……っ!」
「怪我人がいるのだ。歩いていく訳にはいかないだろう」
「そ、それは、そうでございますが……」
 納得できないものを残しながらも、ビエンナーレ子爵はジェス王子の決定に従う。何よりもまず、王子を歩かせる訳にはいかない。
 会話を聞いていた盗賊たちは嫌な顔をして奥に詰めた。身分のことでうるさい連中とは生理的合わない。それは向こうも同じだろう。
 自分たちの馬車を壊したのは他でもない、ここにいる盗賊たちなのだ。それなのに、何故そのような輩と同じ馬車に乗らなくてはならないのか。ジェス王子もビエンナーレ子爵も、この馬車に乗ることを渋っていた理由はそれだった。
「ヤマト、ビオ、怪我人のことをお願い。わたしとフィーザスは王子たちの荷物を持ってくるから」
 ルイアとフィーザスはシーラ盗賊団に破壊されたツイール国一行の馬車のところに行き、その中の荷物を運びやすいように調える。
「性格が悪いな、ルイアも」
「そう?」
「知っていたのだろう。王子たちの馬車が壊れたことを」
「世間知らずの王子様にはいい経験になるんじゃない?」
「向こうにとっては災難だな」
「わたしの方が災難よ。被害者なんだからね。でもほら、近くにいた方が言いたいこともズバッと言えるしね」
 フィーザスはその後何も言わなかった。ルイアは一度決めたことは意地でも変えない。何を言っても無駄なことだとわかっていた。
 馬車に戻った二人は荷物をツイール国側のところへ置き、当然の結果として空いている盗賊たちと王子たちの間に座った。後で交代するということで御者はビオがやることになり、日が暮れるまで進めるところまで進みたいというルイアの意見に基づいて、馬車は出発した。
「あ。そうそう。まだ自己紹介してなかったわね」
 思い出したように言ったルイアに皆が注目する。
「わたしが、サンエルウム特殊部隊隊長のルイアです。こっちが副隊長のフィーザス。そっちがヤマトで、御者をしている彼がビオ。この四人が王都まで護衛するメンバーですので間違えないで下さいねジェス王子、並びにビエンナーレ子爵」
「わかった」
 そして次に盗賊たちに向かって言う。
「あなたたちもわたしたちのことは好きに呼んでいいからね。聞きたいことがあったら遠慮しないで聞いて」
 どのような人間であろうとも、平等に接するのがルイアの主義だ。
「はーい、質問」
「何よ、ヤマト。あんたは特殊部隊の一員でしょ」
「いや、そーじゃなくってよ。なんで、王子の護衛なんて仕事受けたワケ? グラザーン国王も国の関係を重視するなら、国王直属の第一騎士隊あたりに命令すればいーだろーに。だいたいルイアも身分関係の問題とかキライじゃん? それなのにこの仕事を引き受けたってことは、他に理由があるんだろ?」
 わざわざ旅に出ていた自分にまで参加させて、と内心付け加える。
 旅先で聞いた、夜盗ヨルガン兄弟の逮捕などの仕事にはヤマトは関わっていない。知ってのとおり、旅に出ていたからだ。特殊部隊隊員となってから、その活動のいくつかには参加したが、それもヤマトが王都にいる間の話である。
 許可をもらって旅に出てからは特殊部隊としての仕事は一切しなかった。ただ気ままに旅をしていただけだ。ルイアには自分の力が必要になったときは呼んでくれ、と言ってあった。
 ヤマトには、どうしても王子の護衛をルイアが引き受けた理由がわからなかった。
「カノンからの手紙に書いてなかったの?」
「俺がもらった手紙には、ツイール国王子の護衛を引き受けたってことと、一行が通る道が書かれた地図しか書いてなかった。後は合流してから聞いてくれってさ」
 さすがにカノンも完全に安全確実だとは言えない鳥便で、秘密事項を書くのはヤバイと思ったのだろう。
「うーん。そっか……」
「なんだよ。他の人間に知られたらマズイことか?」
「ま、いっか。みんな旅の同行者だしね。知らないよりは知っていた方がいいだろうし」
 ぶつぶつと呟いてから、ルイアは顔を上げる。
「あのね。そこのジェス王子が命を狙われているらしいのよ」
「はぁ? 常に命を狙われるのが王族の宿命ってモンだろーが」
 ヤマトの王族への概念は、ある程度的を射ている。いつの時代にも実の兄弟同士で王位争奪戦が繰り広げられることは常である。
「いや、ジェス王子は一人っ子だから、兄弟から命を狙われる心配はないんだけど……」
「はぁ? んじゃ、どこの誰が王子サマの命を狙ってんだよ」
「ツイール国には王子を殺したら国の実権を完全に掌握できる人がいんのよ。聞きたいなら、その人物の名前やツイール国の現状など詳しく説明するけど……聞く?」
「いや、必要ねぇ。俺にとってそれは重要じゃねぇし」
 面倒な話は嫌いだ。
「そう言うと思った。それで、今回ジェス王子がサンエルウム国に行くことをいいことに、その人物が暗殺者に王子を殺してくれって頼んだんだってさ」
「へぇ、暗殺者――」
「暗殺者ですとぉーっ!?」
 驚いて声を上げたのはビエンナーレ子爵の方だった。
「なんであんたが驚くんだよ。知らなかったのか?」
「いえ、奴が王子のお命を狙っていることは知っていましたが、まさか暗殺者にまで依頼しているとは……」
「奴もこの機会に賭けているのだろう。そう騒ぐなフレッド、予想されたことではないか」
「ですが、ジェス王子……」
「そうだよな。確実にりたいんなら、どんなに金がかかろーがに頼むだろーなぁ。でも、これでやっとわかったぜ。なんで国王が特殊部隊に依頼したのか。俺たちじゃなきゃ太刀打ちできないんだろ? なぁルイア?」
「そうね……。わたしたちじゃなければ無理でしょうね。プロの暗殺者だから」
 騎士隊では被害が大きくなることが目に見えている。だからこそ、ルイアはこの仕事を、特殊部隊として引き受けたのだ。
「よっしゃあ! 燃えてきたぜ! つまんねぇ仕事だと思ったら結構おもしろそーじゃねぇか!」
「少しはヤル気出た?」
 楽しそうにルイアが聞いてくる。
「出た出た。思いっきり戦えるなんて久しぶりだぜ!」
 輝いているヤマトの顔を見て、ルイアは頼もしく思い、他の者たちは不安に思った。



 フレッド・ビエンナーレ子爵の頭痛の種は尽きなかった。いや、それどころか増えていく一方だ。
 王子が暗殺者に命を狙われていることでさえ許しがたく、頭が痛いことなのだ。その王子のことをこちらは十二分に配慮しているのに、他の者たちのあの配慮の無さは何だ!?
 本来ならば王子と口を聞くことさえ、いや、その姿を見ることさえ許されない蛮族たちが好き放題騒いでいる。王子の様子など気にもとめずに。何も注意しても耳を貸そうともしない連中であるのでビエンナーレ子爵は敢えて何も言わないが、正規の部隊であるサンエルウム特殊部隊の王子への扱いに対しては、さすがに彼の我慢も限界に来ていた。
 思っていたより馬車は順調に進み、辺りが暗くなると何事も分が悪いので、夕暮れ時になった頃に馬車を止めた。次の街へはまだ遠いので今晩ここで野宿することを、ルイアはジェス王子とビエンナーレ子爵に告げた。二人以外のツイール国の者たちは重症で、歩くのも辛い状態だったので、シーラ盗賊団が縄張りにしていた山のふもとの村に預けてきた。小さな村だったが医師もいたし、人種差別も廃止されたサンエルウム国の村なので、心配ないだろう。
 道から外れたところで馬車を止め、必要な荷物を降ろした。大きな木の近くに天幕を張った王子たちは夕食ができるまでそこで体を休めることにした。慣れない王子たちにとっては恐ろしく長い一日だった。
 一方盗賊たちは、話していくにつれ次第にルイアたちと打ち解けていった。ルイアたちは王族だろうが盗賊だろうが関係なく接してくれ、その動作や考え方は庶民的で、話題にも尽きなかったからだ。
 中でもシーラは特殊部隊の者たちと一番馴染んでいる。ルイアと真剣勝負をしたからかもしれないが、何となく気が合った。
「夕飯の準備、あたしもなんか手伝おうか?」
 火をおこしたり材料を切ったりしていたルイアたちの様子を見て、自分たちだけ何もしないでいるのは落ち着かなかったので、シーラはルイアにそう申し出た。
「料理は基本的にビオに任せておけば大丈夫だから。わたしとフィーザスはこれから木の実や薬草摘みに行くんだけど、よかったら一緒に行く? あ、他のみんなに自分の器を用意しておくように言っといて。それと、だれか薬草とか詳しい人がいると嬉しいんだけど」
「それならザイだろ。あいつはあたしたちの医者みたいなモンだからな。おーい、ザイ! それと手が空いてる奴! 一緒に薬草摘みにいかねーか!?」
 シーラの元気な声に応えて、ほとんどの盗賊たちが名乗りを上げた。本当に皆シーラを信頼している者たちばかりである。
「こんなに人数はいらないか?」
 苦笑するようにシーラ。
「うん。そうね……。なら、ヤマトを手伝って水を汲みにいく人と、ビオの料理の手伝いをする人に分かれましょ。みんなそれぞれ得意分野を手伝ってくれれば嬉しいわ」
 力自慢たちがヤマトを手伝いに行き、早くご飯を食べたい者がビオの手伝いに行った。そして、残った者たちで薬草摘みに出かけた。
「ザイ、この草なんてどーだ? 役に立つか?」
「お頭、それはデーン草ッスよ。薬草じゃありやせんが食用草ッス」
「へぇ。これ食えるのかい?」
「ちょっと苦いけど食えるッス。揚げると最高ッス。それよりこーゆー葉のヤツを探して下さい。これは何にでも応用できる薬草なんスよ」
「あら? それガラーム草じゃない。こんなところに生えてるなんて珍しいわね」
 両手いっぱいに木の実を抱えて戻ってきたルイアが、ザイの手にある草を見て言う。
「ルイアさん、ガラーム草をご存知なんスか。知っている人あんまりいないッスよ」
「わたしは図鑑で見たことがあるだけ。たしか、もっと北の地方でしか育たない草じゃなかった? 解熱効果があるって書いてあったような気がするけど」
「これは解熱効果だけじゃなくて、擦り傷切り傷にも効くんス。あまり知られていないッスけど、乾燥させれば食べられるし、芳香剤にもなるッス」
「詳しいわね。ザイって薬剤師に向いてるんじゃない?」
「…………そっちの方面を勉強するには金が必要なんスよ。オイラの家は貧しかったからそんな余裕なかったッス」
 苦笑しながらザイ。おそらく、薬剤師になりたかったのだろう。でも、金銭的な面でそれを諦めざるを得なかった。そのような苦い思い出がザイにはあるのだと感じ取れた。
 サンエルウム国の教育制度はまだそんなに確立されていない。良い教師を雇うためには多額の金がかかり、裕福な家の子供しか教育を受けられないのが現状である。
 ルイアのその知識は、母から授かったものと独力で学んだものがほとんどだ。王都には学校というものが存在したが、母はルイアの素性が明るみに出るのを恐れ、学校には行かせなかった。それに、学校で学ぶと理屈に偏った人間になるかもしれない。ルイアにはもっと幅広い目で物事を見る人間になってほしい。生前に何度も言っていた言葉だ。
「……みすみす才能を見逃してしまうのはどうかと思うわね。サンエルウム国の教育制度はまだ整っていないし。でも、義務にしちゃうと教育費を払えない農家も出るだろうし。フィーザス、どう思う?」
「教育は良い面もあるが悪い面もある。義務化するのは賛成できない」
「偏見に満ちた人間を作り出しちゃうしね。でも、教育を受けられない人の才能をそのまま見逃すのはイヤなのよ、わたしは。だってもったいないじゃない。身分で何もかも決まっている社会なんてなくなればいいわ」
 とても、国王の娘だとは思えない言葉だ。
「ならばお前がやればいい」
 他の人には無理でも、ルイアにはそれができるのだから。
 当然のように言い放つフィーザスの言葉は確かにそのとおりである。
「あ。そっかそっか。ありがとフィーザス。何とかなるかもしれない」
 微笑んだルイアはそこで、シーラが変な顔をしてこちらを見ていることに気が付いた。
「……もしかして、今の話聞いてた?」
 こくりとシーラは首肯する。
「あんたたち、一体何者なのさ。ただ特殊部隊の隊長ってワケじゃないだろ? 今の話、特殊部隊には関係ないことじゃないか……」
「今はまだ秘密。ま、直にわかることよ。バレると今回の仕事やりづらくなっちゃうしね」
 そう言ってはぐらかしたルイアの後に続いて天幕のところへ戻ってきたシーラだったが、その胸には釈然としないものが残っていた。


 夕食ができたということで起こされたビエンナーレ子爵は、そこに輪になって座っている盗賊たちを見て愕然とした。悪い予感が当たってしまった。
「特殊部隊隊長殿っ! まさか私たちの夕食はそこの盗賊たちと同じものではないでしょうねっ!?」
 またもや身分階級に物を言ってくるビエンナーレ子爵に対して、ルイアはにっこりと笑顔を向ける。
「普段庶民料理を口にする機会なんてないでしょう? 王子たちにはいい経験になりますよ」
「それもそうだな……」
 ルイアの言葉をあっさりと受け取るジェス王子。
「で、ですが、王子っ!」
「嫌なら食べなくて結構です」
 ルイアの冷たい一言に、ビエンナーレ子爵も渋々と空いている場所に座った。料理番のビオからシチューが手渡される。その他はパンだけ。貴族にとっては考えられない食事である。
「こんなもの……」
 ぶつぶつと呟きながらスプーンを口に運ぶ。そのビエンナーレ子爵の表情が、次の瞬間見事に一変した。
「……………………おいしい」
 宮廷料理でもこんなにおいしいと感じたことはない。
 感動しているビエンナーレ子爵の隣でジェス王子も言う。
「うむ。これは本当においしいな。隊長殿、庶民料理というものはこんなにおいしいものばかりなのか?」
「作る料理人の腕にもよりますよ。ビオの腕前は天下一品ですから」
「ルイア殿。それは誉め過ぎというものです。拙者はまだまだですよ」
「ビオ、あなたは謙虚すぎる面があるわね。自信持ちなさい。あなたは十分立派よ」
「は、はあ。ありがとうございます」
 照れながらビオは礼を言う。何だかルイアに言われると本当にそんな気がしてくる。ルイアは良いところは良い、悪いところは悪いとちゃんと言ってくれる人間だ。
「なあルイア。これで王子サマたちの分はいーんだよな? じゃ、おかわりしてもいーか?」
「何? ヤマト。足りないの? おかわりは自由よ」
「よっしゃあーサンキュ。オレ、ビオの飯って久しぶりなんだぜ」
「あ、俺も俺も」
「オイラも」
 おかわりは自由と言われたので、それまで大人しかった盗賊たちがバタバタと席を立ってシチューの鍋に向かう。
「こらっ、埃をたてるな!」
 子供のように目を輝かせて一列に並ぶ男たちの様子を見て、ルイアやシーラは声を上げて笑った。
「ビエンナーレ子爵、そういちいち怒ってたら身が持ちませんよ。王都までは基本的に野宿してもらいますから少しずつ慣れて下さいね」
「の、野宿ぅー!?」
「そうです」
「なな何故ですか、隊長殿っ! 街では宿に泊まれば良いでしょうっ!?」
「ダメです。許可できません」
「王子が体調を崩されでもしたら、どうするおつもりですかっ!?」
「宿に泊まって、そこを暗殺者に狙われるかもしれないのです。そうしたら宿の主人や泊まっている他の客、何の罪もない人々が殺されるかもしれません。ツイール国側は人の命を何とも思わないのですか?」
 鋭い瞳でルイアは問い詰める。ルイアは常に人々のために行動している。そのルイアが人の命を軽視するはずがない。
 指摘されるまで、その可能性に気付かなかったビエンナーレ子爵は小さくなって謝罪した。

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