――第1章

 一面の黒。
 だが、目を凝らして見てみれば、それがただ一色の黒であるわけではない。
 色素が薄く、青みがかかっている場所もある。それはきれいな藍色をしている。
 もしかしたら本来はこの色なのではないだろうか。黒に見えるものは、藍色が重なってできただけなのかもしれない。
 そのように錯覚させる、深い深い空の色。
 黒雲海に浮かぶは月の舟。
 それはまだ、人々が深い眠りに落ちている頃。海が静かに静かに動き、夜の光源を呑み込めば、今この瞬間から一部の人間にとって最高の活動時間となる。
 大いなる自然の、絶対的な光。
 夜のそれは、昼のそれと比べればあまりにも弱く、すぐに黒きカーテンに覆い隠されてしまう。そうなれば、人々が頼れる光は松明やろうそくの明かりのみ。けれど、人知によってもたらされるそれらは、自然の大光源とは比べ物にならない微々たるもの。
 微々たる光で、夜をすべて照らすことはできない。影ができてしまうのは、仕方のないこと。夜は眠るために与えられたときなのだ。それゆえに、昼間のような眩しいほどの光は必要とされない。
 それでも、闇に包まれた夜の世界において、眠らずに過ごす者がいる。
 乾ききった心を満たす、己の欲望のためだけに行動する者たちが暗き世界を走る。
 だが今夜は、それとは別に三つの人影が動いていた。
 その飢えた犯罪者たちを止めるために――。

「あら。意外と弱かったのね夜盗ヨルガン兄弟って。王都サン・タウンを騒がしているからどんな奴らか楽しみにしてたのに」
「噂ほど当てにならないものはない」
「でも情報は正確でしたな」
「それはそうよ。何て言っても情報屋は情報屋だもの。それで、この夜盗たちはどうする? このまま引き渡す? それとも『東の塔』? わたしはこのまま警察隊に引き渡す方に一票」
「俺もだ」
「拙者も引き渡した方がいいと思います。奴らの動きから見ても、この先は期待できそうもありません」
「全員一致ね。じゃ、引き上げましょう」

 次の日の朝、警察隊詰所の近くで、縄で縛られ気を失っている夜盗ヨルガン兄弟が発見されることとなる。一枚の紙と一緒に――。



「起きろ、ルイア」
 低く響きのよい男声が、ルイアの耳に届く。
 まだ眠っていた意識はその一声で引き上げられ、ルイアはゆっくりと重い瞼を持ち上げようとする。が、まだ寝足りないルイアの身体は思うように動かなかった。
「ルイア」
 先程より微かに怒りを含んだ、叱るような声音。睡眠を邪魔する一番の原因である声。
 犯人はわかっている。いや、それ以外の人物がこの時間この部屋にいる訳がない。入れる訳がないのだ。
 ――このサンエルウム国王女ルイアの寝室に。
 本来、王族(特に女性)の寝室に自由に出入り出来るのは、生涯の伴侶となる者のみ。それ以外の者は控えの間で待機しており、許可なく入室することは堅く禁じられている。
 しかし、ルイアはまだ十五歳であり、夫どころか婚約者もいない。つい三ヶ月前に城に迎え入れられたばかりの現国王の庶子だからだ。
 そして、この寝室いる男性は、ルイアの護衛官フィーザス。
 ルイアと共にこの王城に移り住んできた、謎の男。己の素性を誰にも明かそうとせず、いつもルイアの側にいるために、名目上『護衛官』という任に就いた人物。
 流れるような銀髪と、神秘的な紫の双眸。それだけで見る者魅了させるような力があるが、その表情はいつもない。無表情。
 フィーザスが本当に心を開いているのはルイアだけだと、比較的親しい者たちの間では言われている。
 二人はごく普通の『王女』とごく普通の『護衛官』ではないからだ。
 何よりもまず、服装からして普通ではない。
 ルイアもフィーザスも王城に住むのに相応しくない、旅人と言われた方がまだ納得出来るような、庶民的格好をしている。上質な絹などではなく、麻で作られた服。それには豪華などという言葉からはほど遠い、動きやすそうな、何よりも実用性を重視した服である。フィーザスはまだ許されるとしても、ルイアは王女。そのような格好をしていて良いはずがない。
「なぁに? もう朝?」
 半分しか開かない虚ろな瞳でルイアが問う。
 王族として、他人の前では絶対に出来ない醜態だが、ルイアは庶子で普通の王女ではないし、今この部屋には心から信頼しているフィーザスしかいない。フィーザスにしたら、もう見慣れている光景だろう。
「もう朝だ」
 さっさと起きろ、とフィーザスは言う。
 真面目な騎士がこの場にいたら、『王女』に対して無礼だ、と顔を真っ赤にして怒りそうな会話だ。しかし、ルイアは全く気にする様子はなかった。
「だって……、昨夜の夜はちょっと出掛けてたから、寝るの遅かったんだよぉ……」
「だから何だ」
 厳しい口調でフィーザス。朝から睨まれたことに怖気づいたのか、ルイアは少し小さくなって言い訳がましく声を出す。
「だから、もう少し睡眠が必要だなぁ……って」
「それだけハキハキと喋れれば大丈夫だ。起きろ」
「うー。フィーザスの意地悪……」
「何とでも言え」
 どんなことを言ってもフィーザスの態度が変わらないので、ルイアは仕方なく上半身を起こす。
 その、野生の鹿を連想させる軽やかな動き。それは、日頃から鍛えている何よりの証拠だ。
 皺になった服をぱっぱっと簡単に手で直し、ベッドに立て掛けておいた自分の細剣を腰にしっかりと固定した。その細剣は決して見かけ倒しなどではないことを、細いけれど鍛え上げられた肉体が静かに物語っている。
 寝起きは良い方なので、ルイアの澄んだ青色の瞳はしっかりと焦点が定まっている。亜麻色の髪はもともと寝癖がつかない髪質なので、少し梳かせばいつも通りになる。
 ひととおり支度が終わったところで、コンコンと扉を叩く音が二人の耳に届いた。
「ルイア様、おはよぉございます! 朝食の用意が出来ましたので来て下さぁい!」
 控えの間に通じる扉の向こうから、明るい元気な声が聞こえてくる。お世話係のカノンの声だ。いつも決まった時間に呼びに来てくれる、ルイアと同じ年頃の元気な娘。
「すぐ行くわ」
 そう返事をしてから、ルイアは自分の横に立つ背の高い青年を見つめる。
 フィーザス。
 あまり表情が変化しない青年だが、ルイアにはわかる。ルイアはフィーザスの表情を読み取ることができる。  誰よりも愛しく、誰よりも大切な、かけがえのない存在。
 自分の中にどんな血が流れていようと、自分が過去にどんな罪を犯していようと、そんなことは一切関係ない。今ここにいるのはただの男と女でしかないのだから。
「おはよう、フィーザス」
 ルイアとフィーザス、お互いの唇が重なり合う。流れに逆らわない動作で。まるでそうするのがごく自然であるかのように。


 部屋に入ると同時に香ばしい匂いが二人の鼻をついた。
「あ、おはよぉございます、ルイア様、フィーザス様。ビオ様があと一品持って来てくださいますので、席に着いて待ってて下さぁい」
 朝食用の飲み物を人数分用意しているところだったお世話係のカノンが、入ってきた二人に声をかける。お世話係の名に相応しい、メイド服を着たカノン。長い赤茶色の髪は三つ編みにしてあり、大きな目が子犬のように可愛らしい。
「何か手伝おうか?」
「もう終わりですから大丈夫ですよぉ」
 本当に手伝うことがないようなので、ルイアはカノンの言葉に甘えることにした。この部屋に置いてあるごく普通の食卓の椅子に腰を下ろす。
 木造のテーブルと椅子があるだけの、小さな部屋。ここが城内だという先入観がなければ、誰もが普通の民家だと思うだろう。元は下働き用の部屋だったところにカノンが普通の民家のように家具などを配置し、カーテンや花瓶などを装飾しただけの部屋だ。
 ルイアは王女であるが、食事は王族のように豪華なものではない。食事を取るこの部屋も、王族が使うとは思えないような質素な、一般的な部屋だ。
 だが、ルイアは敢えてこの部屋を使っている。なぜならば、ルイアはつい最近まで母と普通の民家で暮らしていたからだ。母が病で死に、それを知った父、サンエルウム国王グラザーンがルイアを自分の娘として引き取り、城で生活することになったのだ。
 最愛の女性の娘であるルイアをグラザーン国王は大いに歓迎し、必要なものは何でも与えてくれたが、ルイアはそれを好まなかった。自分は庶子であるからと、きちんと自分の分をわきまえ、食事も服装もこれまでと同じようにした。
 たとえ父親が誰であっても、自分が母の娘であることは変わらない。母の娘であることを誇りに思う、というルイアの気持ちを尊重したグラザーン国王はルイアの好きにさせた。この部屋も、そんなルイアのために提供してくれたものの一つだ。
「ルイア殿、フィーザス殿、おはようございます。今日は良い天気ですね」
 奥の調理場から最後の一品を手に持ったビオが姿を現した。
 見事な体躯を持つ、ルイアたちより年上の男。背負っている重そうな長剣を見たら、誰でもその理由が納得できるだろう。灰色の短髪も剣士の風格を表すために一役買っている。
 だが、決してビオは厳格な剣士などではない。柔和な雰囲気の持ち主だ。
「おはよう、ビオ。本当に今日はいい天気ね」
 ここは〈太陽の国〉サンエルウム。
 豊かな土地や気候に恵まれた南の国。
 穏やかな風が吹き、晴天の空がどこまでも続いている清々しい朝。
 四人が揃ったところで朝食を食べ始める。これがルイアの日常だ。
 身分など関係ない。親しい者たちだけで食べる、楽しい食事の時間。贅沢でマナーに気を使わなくてはならない王族たちの食事より、やはりこちらの方が自分の性格に合っている。
 それに、この場にいるのはルイアの秘密を知り、仲間になってくれた秘密共有者たちだけ。フィーザスもカノンもビオも、ルイアにとっては家族同然なのだ。


「ごちそうさまでした。やっぱりビオの料理はおいしいわね」
 自分の分の食事を残さず食べたルイアは、ふぅ、と一息つく。昨夜にちょっと外出したせいで、いつもよりお腹が空いていたようだ。
「光栄です。ですがルイア殿、本当に拙者なんかが作った料理で良いのですか? ルイア殿なら一流の高級料理が毎日でも食べられるでしょうに」
 同じ食卓についているビオが言った。
 ビオとしては、自分が作ったものを食べてもらえることは嬉しい。だが、自分が作れるものは普通の家庭料理のみ。仮にもルイアはサンエルウム国王の娘である。一国の王女が何故自分の作った、しかも家庭料理を、同じ食卓で食べているのだろうか。ビオはいつも疑問に思う。
「ビオ、あなたわたしと出会ってどのくらいになるっけ?」
 不意にルイアが問う。
 逆に質問されたビオはしばし目を見張って、考える。
「半月ほどになりますが……」
 それがどうかしたのだろうか。
 にこにこと頬杖をついているルイアがまっすぐにビオの柔和な表情を見つめてくる。その顔に王族のような威厳はない。十五の少女の、いたずらっぽい笑みだけ。
「半月も経ったのに、まだわたしの性格が理解できてないみたいね」
「は? はぁ。申し訳ございません」
 何となくビオは謝ってしまう。
「落ち込むことはないぞ、ビオ。お前のような真面目な奴には、ルイアの性格は理解できなくて当然だ」
「ちょっと、フィーザス! 何よ、その言い方は! まるでわたしが変人みたいじゃない!」
「なら訊くが、お前は自分が普通であると思っているのか?」
 少し迷ってから、ルイアは自分の行動を思い返してみる。
「…………………………普通じゃ、ないわね」
「だろう? お前は絶対普通じゃないぞ。退屈だとすぐ外出するし。しかもその外出が普通の外出ならいいが、平気で王都を出て旅そのものになるし。加えてその旅の途中で自分から騒動に首を突っ込むし」
「あたしみたいな情報屋の娘をお世話係にしているし」
 と、ルイア専属お世話係のカノン。
「拙者のような流れ者の剣士を雇って下さるし」
 と、ルイア専属料理人のビオ。
「それに、俺を側に置いてるしな」
 と、ルイアの護衛官フィーザス。
 三人とも普通ではない者たちばかりであるということは、主人であるルイアが一番良く知っている。三人を名目上『部下』にしたのは、自分であるのだから。
「……そうね」
 けれど。
「カノン! ビオ! フィーザス! あなたたちだって自分から普通じゃないって認めてるわよ!」
 やはりルイアも、その周りにいる者たちも、普通とは一味も二味も違う人間ばかりであった。



 王都サン・タウン。
 恵み豊かな〈太陽の国〉とも呼ばれる大国サンエルウムの中心都市だけあって、そこは四六時中人々の活気で溢れていた。
 先代の国王までは、南の小さな一国でしかなかったサンエルウムが、これほど経済豊かな平和な国に成長したのは、ひとえに当代グラザーン国王の政治的改革のおかげである。
 それまで不安定だった国内情勢を根本的なところから見直し、大勢の人々の意見を取り入れて、より良い方向へと変化させていったグラザーン国王。政治学など、あらゆる方面の学問に長けていないと実行できないことばかりであった。また、そんな彼の周りには優秀な人材が集まったことも事実である。
 グラザーン国王が臣下や国民から慕われる立派な王になったのは言うまでもない。
 経済状況も安定し、人種差別も廃止されたことから、このサンエルウム国には一年を通してたくさんの旅人や商人が訪れるようになった。
 だが、その旅が必ずしも安全なものとは限らない。
 国王の目の届かないところで悪事を働いている人間はたくさんいるし、海賊や山賊のような盗賊たちも同様だ。天候不順により災害が起こることもある。各地には、それぞれその地を治める長官や国王配下の騎士や治安を守る警察隊がいるが、それでも絶対安全が確保できるわけではないのだ。
 各地からの報告書に目を通していたグラザーン国王は大きな溜息をついた。
「どうかなさいましたか、陛下」
 国王の執務室で一緒に仕事をしていた初老のベム大臣は、手を止めてグラザーン国王の表情を伺う。
 幼少の頃から側に仕えているベム大臣は、グラザーン国王の片腕であると同時に良き相談相手でもあり、良き理解者でもある。
「いや、大したことではないのだが……」
「ルイア様のことですかな?」
 政治以外にグラザーン国王の心を悩ます要因は、彼の最愛の娘のことしか考えられない。人間関係は良好なグラザーン国王だったが、彼女のことはまた別であった。
「……ああ。あの子はまだ私が許せないのだろうか。未だに“父”と呼んでくれぬ」
「ご本人に直接訊いてみてはいかがです?」
「怖くて、訊けぬ」
 国王陛下ともあろう者が。
「一番愛しい娘にはっきり嫌いだと言われることほど、怖いものはない」
「そう言えば、レイシア様も物事をはっきりとおっしゃる方でしたね。やはり母と娘、面影も性格も良く似ていらっしゃいます」
 女だてらにサンエルウム第一騎士隊隊長を務めたルイアの母も、そのはきはきとした性格で部下たちに慕われていた。戦場ではその性格が功を奏し、次々と勝利を収めた。サンエルウム国がここまで大国になったのは、ルイアの母レイシアの活躍もある。
「そのルイア様が昨夜は大活躍だったようですね」
 こうやってグラザーン国王がルイアのことで悩むのは、必ずルイアが何か行動を起こした時である。彼女が国王に無理難題を押し付けてきたわけではないのだから、そんなに悩まなくてもいいとベム大臣は思うのだが、所詮国王も一人の父親。最愛の娘のことを心配するのは当然のことである。
 ただでさえ、母親譲りの、並ではない運動神経を受け継いでいる彼女は、突然とんでもない行動を起こすことがある。半月ほど前には、城を抜け出してそのまま旅に出てしまったことがあった。
 無事に戻ってきたので大事には至らなかったが、あの時のグラザーン国王のうろたえ様は並ではなかった。自分に愛想を尽かしたのではないか、誘拐されたのではないか、と。
 それを機にグラザーン国王の溺愛ぶりは、それ以前の噂にますます拍車をかけて国中に広まる結果となった。何しろ、本人直筆の手紙が残されていなければ、軍隊まで動かしかねない勢いだったのだ。
 しかし、ルイアもただ旅をしてきたわけではなかった。
 西の森林地方で滞っていた開発事業の現場を視察し、すばらしい改正案を持って来た。それは政治家たちが考えもしなかったもので、その地方の特色を活かした、すぐにでも実現可能な政策だった。この名案に、反対していた地域の住民たちも喜んで賛成し、ルイアは国の重役たちから信頼を勝ち取った。
 その優れた才能に誰もが、若き日の国王を見るようだと最高の賛辞を述べたらしい。
 このこともまた、グラザーン国王の溺愛ぶりと共に国中に広まった。


「ところで、昨日のあれ、どうなった?」
 食後の紅茶を飲みながら、ふと思い出したようにルイアが言った。
「ちゃんと警察隊が逮捕したみたいです。見事に今朝の新聞の一面記事ゲットですよぉ。ほら、ここ見て下さい」
「……『夜盗ヨルガン兄弟逮捕! 連日連夜王都を騒がせていた、あの悪名高いヨルガン兄弟が明け方に警察隊詰所近辺で発見され、そのまま逮捕された。発見当時ヨルガン兄弟は縄で縛られた状態で放置されていた。なお、現場にはサンエルウム特殊部隊のサイン入りの紙が見つかっており――』……ふーん、サイン入りの用紙のことまで新聞社に流したんだ、警察隊」
「それはそぉですよ。隠す理由ないですもん」
 クッキーを一つ、無造作に口に放り込んだカノンが、大して重要でもないことだと言う。
「そーね。……『近頃その活躍が目立つ特殊部隊だが、その実態は依然不明』だって。グラザーン国王、約束守ってくれてるのね。でもまあ目撃者たちによってバレるのは時間の問題だろうけど」
「それでも別に構わないのだろう、ルイア」
「うん。尾行や侵入捜査はやりづらくなるだろうけど、責任はサンエルウム国王女が取るしね」
「あれぇ? 特殊部隊隊長が取るんじゃないですかぁ?」
 聞いてない、とばかりにカノン。
「どっちもわたしだからいいの。でもこの場合、特殊部隊隊長より一国の王女の方が、権限が大きいと思わない?」
 最近結成されたばかりの、サンエルウム特殊部隊。まだ結成されて日が浅いのにも関わらず、確かな実績を積んでいる。
 名の知れた犯罪者の逮捕、今まで誰も証拠が掴めなかった大富豪の裏商売、信者から金を騙し取っていた宗教団体の告発、など。警察隊や騎士隊が手を出せなかったことばかりやってのけた。いや、実際特殊部隊の活動はもっと多いのだが、世間的に知られていることはこれくらいである。
「でもそれでは、父親である国王陛下にご迷惑がかかるのでは?」
 ビオは知っている。
 ルイアがどれだけこのサンエルウムという国を大切に思っているのか。
 口には出さないが、父であるグラザーン国王を尊敬していることも。
 自分が庶子であるために、一部の人間からグラザーン国王が非難されるかもしれないことも。
 フィーザスもカノンもそんなルイアの想いをよく知っている。
 だからルイアは一生懸命動いているのだ。
 政治問題や環境問題、役人の汚職、他人が見落としがちな小さな問題までも正確に把握して解決に導いている。その才能と実績によりルイアは人々から信頼を勝ち取り、誰にでも優しいその性格で慕われるようになった。国王の庶子ということではなく、ルイアは自分自身で手に入れたのだ。
 特殊部隊も、そんなルイアが水面下で活動するために結成した部隊である。だが、その隊長がルイア本人であることは隊員とグラザーン国王、それにベム大臣しか知らないだろう。ここにいるフィーザスもビオもカノンも特殊部隊隊員であるから、もちろん知っている。
「特殊部隊はあくまで特殊部隊。普通の役人が手におえないことをやる特別な部隊なの。国王からはその存在が承認されているだけで、国王直属の部隊じゃないわ。サンエルウム国の部隊で国王直属じゃないのは変かもしれないけど、特別なんだから別にいいじゃない。何かあっても責任はサンエルウム国王女が取るんであって、グラザーン国王じゃない」
 だから、国王には迷惑はかからない。実にルイアらしいやり方だ。
「なら、特殊部隊の権限を持っているのは国王様ではなくてルイア様だ、って情報流しときます? 母さんに言っておけば簡単に広まりますよぉ」
 と、王都に本店を構える有名な情報屋の娘カノン。
「お願いできる? でも、わたしの名前はあまり広めないでほしいな」
「わかりました。特殊部隊の権限を持っているのは新しい王女様ですね」
 ルイアとカノンはお互いの顔を見合わせて、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


 今日の新聞の一面記事となっている事件のことは、朝一番に部下から報告を受けたので知っている。知っているが、どうにも納得できないものがグラザーン国王の心にはあった。
「陛下。そう意地を張らず、素直に特殊部隊の活躍を認めてはいかがです?」
「だがな、ベム」
「陛下のお気持ちもわかりますが、ルイア様はルイア様なりに頑張っておられるのですよ。その行動を尊重し、誉めて差し上げて下さい。特殊部隊など、実にルイア様らしいではありませんか。母親譲りの武術の腕前なのですから」
 母レイシアも卓越した武人だったが、ルイアはそれをはるかに超えている。まさに天性の才能の持ち主としか言いようがない。国王直属の騎士隊には彼女に敵う者は一人もいない。サンエルウム国の騎士で一番強いとされる第一騎士隊の隊長でも、まったく歯が立たなかった。――もっとも、この事実を知っている者は少ないが。
「……………………わかっている」
 渋々とグラザーン国王は応える。
「ならば、何故そのようなお顔をされておられるのです?」
 ルイアの特殊部隊のことはちゃんと認めているのに。
 そういえば、今日はいつにも増してルイアのことで悩んでいるようだ。ベム大臣は、それは昨日の特殊部隊のことが原因ではないかと考えていたが、どうもそれだけではないらしい。
「一体、陛下の頭痛の種は何なのですか?」
 このままだとずっと悩んでいそうなので、ベム大臣は自分から訊いた。
 グラザーン国王はベム大臣に明かして良いことなのかどうか少し躊躇ったが、やがてあるものを取り出した。
「これだ」
 これが私の悩みの種だと、ぶっきらぼうな様子でベム大臣に渡す。
「……これは?」
 手触りだけで上質な紙だとわかる、サンエルウム国王宛てのもの。
「今朝私の元に来た、ツイール国からの親書だ」
 サンエルウム国のものではない紋章が入っている。間違いなく隣国ツイールのものだ。
「ツイール国からの? ならば内容は、陛下とツイール国王子ジェス様の会談のことについてでしょう?」
 そのような内容の手紙で何故悩むのか、とベム大臣言いたげにグラザーン国王を見たが、よく考えれば何も問題がない手紙ならばわざわざ自分に見せるはずがない。
「何かツイール国内であったのですか?」
 親書を読みながら問いかけてくるベム大臣に対して、グラザーン国王は自分から言おうとする気は全く起きなかった。ただ、
「しっかり最後まで読めよ」
とだけ言った。
 ありきたりな文頭の挨拶に近況報告、メインはベム大臣の予想通りサンエルウム国とツイール国の首脳会談のことについてだった。
 だが、その後ベム大臣の表情が一気に変わった。
 信じられない様子で何度も何度も特定の箇所を読み返している。目を擦ったり、近づけたりして読み返している。
 そして約十回の確認の後、ようやくベム大臣は顔を上げた。
「…………本当なのですか?」
「私は少なくても五十回読み直した」
「…………本気なのですか?」
「それを書いたのはツイール国のジェス王子本人だ」
 どうやら自分の見間違いではないようだ。しかしこの際、それがわかったところで嬉しくも何ともない。大きな問題が発生しただけだ。
「…………どうするのですか?」
「それをお前に相談しようと思っていたのだ」
 いい大人の男が――仮にも、一国の王とその片腕ともあろう者が――、二人して頭を抱えている。
「ですが、これ……どのようにご本人に伝えるおつもりですか……」
 ベム大臣が呻くように声を出したその時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「執務中失礼します」
 噂をすれば、その“ご本人”がやってきたのだ。



「ツイール国の王子?」
 突然カノンに言われた、聞き慣れない言葉に一同は思わず問い返していた。
「もうすぐ国王様と会談するんですよ。ルイア様知ってます?」
「あー、そう言えばベム大臣がそんなことも言ってたわね。でも、それがどうかしたの? わたしは会談には出席しないから関係ないはずだけど」
 ベム大臣には首脳会談の出席を勧められたが、自分は庶子であるからと、きっぱり断ったはずである。
「それが……関係ないとは言えなくなってきたんですよぉ」
 この部屋では盗み聞きされる心配はないと思うが、それでもカノンは声を潜めて顔を近くに寄せてきた。
「どういうこと?」
 ルイアは真剣な瞳で聞き返す。知らず知らずの内に声が小さくなっていた。カノンがこれから話す情報が、何となく重要なもののように感じられたからだ。
 そのルイアの様子に、今まで楽しそうに聞いていたフィーザスとビオも、真剣な顔つきになる。一変した三人の注目を浴びたところで、カノンは今日仕入れたばかりの情報を話しはじめた。
「現在ツイール国は〈十大爵〉の一人であるグラドー公爵の独裁体制となっていることは知っていますか?」
「カノン殿、〈十大爵〉とは?」
 政治には疎いビオが問う。
 現在はサンエルウム特殊部隊隊員の一人であっても、元々流れ者の剣士であったビオがサンエルウム国ならともかく、隣国ツイール国の政治体制を知らないのも無理はない話だ。
「国王と一緒に政治を行う地位のことです」
「ツイール国では優秀な貴族の中から十人選んで、その人たちを〈十大爵〉と呼び、〈十大爵〉と国王が国を動かしてるの。典型的な合議制政治よ」
 カノンの言葉にルイアが補足説明をする。
 カノンは主に情報としての知識だが、ルイアは幅広い分野の知識を持っている。また、それがなければ国の問題を解決して重役たちに認められることはなかった。グラザーン国王のように、あらゆる分野に長けている面も信頼されている一つの理由だ。
 今さらながら、ビオはルイアの知識の豊富さに感心してしまった。
「要点から言うと、王子はそのグラドー公爵に命を狙われているらしいんですよ。それも首脳会談のためにサンエルウム国に来る途中で」
 さらりとカノンが言った重大な内容に、普通は驚いたりするのだろうが、ここにいる三人は動じたりしない。そんなことでいちいち驚くようでは、普通ではない王女ルイアの『仲間』などやっていられないだろう。
「なるほどね。王子を亡き者にして、国の実権を完全に握ろうってわけか。確かツイール国って、王族は成人してからしか国王になれない決まりだったから」
「悪徳政治家の考えそうなことだな」
 ルイアもフィーザスも落ち着いた様子で分析する。
「でも何でサンエルウムに来る途中で、なの?」
「知りませんけど、母の店の地方支部に暗殺者を紹介してくれって依頼が来たそうですから、間違いないですよぉ。仲介者としてその場に立ち会ったそうですから。やけに具体的だったそうです。『サンエルウム国内に入ってから、王都に着く前にってくれ』って」
 それを聞いてルイアは難しい顔になる。指を顎にあてて考える。集中して何かを考えているときの癖だ。
 こういう時のルイアは頭の回転が驚くほど速い。人の上に立つ者はその場の状況を即座に判断し、命令して行動に移さなければならない。その一瞬の遅れが命とりになる場合もあるからだ。
 ルイアの父グラザーン国王も、母レイシア――第一騎士隊隊長だった――も、人の上に立つ人間だった。しかも、まだ他国との争いが絶えなかった時代だ。正確に状況を判断しなければ、何十人もの部下の命を失うことになる。間違いは許されなかった。ルイアもその才能を両親から受け継いでいるらしい。
「ねぇカノン。王子とグラドー公爵の間に何かあった?」
 考えている途中、ルイアがふと顔を上げて訊いてきた。カノンも紅茶を口に運ぶ手を止めて、うーんと首をひねって情報を思い返してみる。
「そうですねぇ……王子は意外と正義感が強くて、グラドー公爵の賄賂政治が許せないみたいです。あ、そぉそぉ、グラドー公爵は自分の娘を王子と結婚させようとしたけど見事にイヤだと言われたとか」
 三つ編みの赤茶色の髪に少し大きめの瞳を持つカノン。どこから見ても、どこにでもいるような普通の少女にしか見えない。この少女の頭には膨大な情報が詰まっているなど、誰も信じないだろう。
 だが、カノンの情報量はすごいもので、しっかりと情報屋の血筋を受け継いでいる。そのことをルイアは誰よりも理解していた。
「王子の従者としてサンエルウムに来るのは、もちろんグラドー公爵じゃないわよね?」
「ビエンナーレ子爵です。王子の幼少の頃からの教育係で、現在ツイール国でグラドー公爵のやり方に正面切って反対している数少ない人間の一人です」
「それで? 当の王子は自分が命を狙われていること知ってるわけ?」
「ツイール国では大いに囁かれていることだから、知っているんじゃないですかぁ? でも、そぉすると、わざわざ死ぬためにサンエルウム国に来るようなモノですよねぇ……」
 カノンの意見は最もだ。危険を承知で来るのならば、何か大きな目的があるはずだ。はっきりとはわからないが、ルイアはそのことを考慮して再び自分の頭を回転させ始めた。
 ツイール国王子。
 〈十大爵〉のグラドー公爵。
 ビエンナーレ子爵。
「――読めたわ、この一件」
 ほんの数秒の思考を経て、はっきりとルイアは断言した。
「まぁったく、権力のある人間っていうのは何でこういうことばっかり知恵が回るのかしら! こんなことに使う頭があるなら、その頭にひとつでも多くの知識を詰め込めばいいじゃない! 時間が余ってるならその足で現場に赴くとか考えないのかしらね! 少しはその知恵を国民の平和のために使ったらどうなのよ! あーもう! ムカつくわ!」
「ルイアが最も嫌いなタイプだな」
「そうよっ!」
 フィーザスが冷静に指摘する横で、ルイアは亜麻色の髪を掻き乱して怒っている。
 ルイアは自分の感情を素直に表に出す性格なので、このようなことは珍しくはないのだが、フィーザスと違って、何が何だか把握できないカノンとビオはただ混乱するだけである。
「…………あのぉ、ルイア様?」
「…………拙者たちにもわかるように説明してほしいのですが」
「あ」
 恐る恐る声を出す二人に気づき、ルイアは自分の気持ちを何とか落ち着かせる。その様子を見て、ルイアが本気で怒っていなかったことに二人は軽く安堵した。
「つまり、〈十大爵〉のグラドー公爵は、王子を殺してツイール国の実権を完全に手に入れ、そしてそれをグラザーン国王のせいにして賠償金をたくさん貰っちゃおう、という一石二鳥の計画を立てているのよ」
 自分に反対しているビエンナーレ子爵も始末できるから一石三鳥かしら、とルイアは呑気に紅茶を飲みながら付け足した。
「え? 何故国王陛下のせいに、できるのですか?」
 王子が暗殺者に殺されたのならば、それは殺した者のせいではないのか。ビオは至極単純な疑問を投げかけた。
「王子が殺されたのがサンエルウム国内ならね。その国の責任は最終的には全部国王にあるから。どうせ、あれこれ理由をつけて賠償金を奪い取るつもりでしょ」
「許せませんね。そのような人間を野放しにしておくなど、拙者の剣に反します」
 自分の前に立ち塞がる者は全て、その剣で裁いてきたビオが言う。たとえ相手が誰であろうが、ビオは自分のルールに従って生きてきた。
 その生き方にはルイアも共通する部分がある。いや、ルイアだけではない。ルイアの『仲間』――特殊部隊隊員も同じような信念を持って生きている者たちばかりだ。
 心から信頼できる、自分の道は自分自身の手で切り開く者たち。
 それが、ルイアが選んだ特殊部隊の第一条件。
「王子も王子よ。自分が命を狙われていることを知ってるのにサンエルウムに来るってことは、何か重大かつ重要なことをグラザーン国王と契約しようとしているのよ。それが何かはわからないけど、成功すれば一気に権力が大きくなるような、そういうもの。平たく言えば、サンエルウム国の力を笠に敵を黙らせようってわけ」
「他人の力に頼って自分では何もしない奴が一番嫌いだからな、ルイアは」
 それは、カノンもビオもよく知っている。
 また、そのようなルイアだからこそ仕えようと決めたのだ。
「でも気になりますね。その重大かつ重要な契約というのは何なのでしょうか」
「それはわたしでもわからない。サンエルウム国とツイール国との間に、成功したら一気に権力が大きくなるような……しかも実現可能なものはなかったと思うけど」
「ルイア殿でも心当たりがないものなのですか?」
「うん。わたしが知ってる範囲では思い付かないわね」
 ルイアとビオが二人して、うーむと考え出した時、
「あ。あたし、知っていますよぉ」
 横からあっさりとそう言われた。
「えっ!?」
「本当ですか!? カノン殿っ!」
「ふっふっふっ。実はですねぇ…………」
 そうして告げられた内容に、一同は驚愕せずにはいられなかった。


「全く、何なのよあれはっ!」
 憤慨した様子でルイアは城の廊下を歩き、ある場所へ向かっていた。
「突拍子ないことこの上ないわ! ここまでくると呆れるほかないわね! ねぇフィーザスもそう思うでしょ!?」
「別に、呆れることではないと思うが」
 ルイアのペースに遅れずついて来ているフィーザスは、ルイアとは違い、いつもの冷静な声で対応する。
「呆れるわよ! 腹が立つわよ! 普通じゃないわよ!」
「ルイアに言われるようでは終わりだな」
「なんですって!?」
 ルイアはフィーザスの方に素早く振り返った。一方フィーザスもルイアにぶつかることなく、ピタッと足を止める。常人離れしているフィーザスだからこそできた芸当だった。もしこれがフィーザスではなかったら、ルイアとぶつかっていたに違いない。
 お互い至近距離で見つめ合う形となった。
 しばらくフィーザスの顔を見つめている内に、熱が冷めたのか、ルイアもだんだん冷静になってきた。
「フィーザス……」
「…………」
「わかってるかも知れないけど、あなた余計なこと考えてそうだから言っとくわ」
 真剣な表情でルイアは言う。
「……あなたの変わりは誰もいないんだからね……」
 嘆願するような。切望するような声音。
 見つめてくる深き群青の瞳は、青き大空のごとくどこまでも澄んでいる。
「…………わかっている」
 そう応えたフィーザスの紫の瞳が、一瞬だけ優しくなった。それは、いつも共にいるルイアだからこそわかる些細な変化。それが、今とても嬉しく感じる。
「さ、行きましょ。目的の部屋はすぐそこよ」
 先程までとは一転した気持ちでルイアたちは歩き出す。二人とも胸の奥のわだかまりが取れて、すっきりしたようだ。
 そして、目的の部屋の前に到着した。
 お互いの顔を確認すると、ルイアは意を決して扉を叩く。
「執務中失礼します」



 グラザーン国王とベム大臣は突然現れた二人の姿に息を飲んだ。心臓が口から飛び出そうなほど驚いた。まさか、今まで噂していた当人が自分からやってくるなど思ってもみなかった。
「こ、これはこれはルイア様。昨日の特殊部隊の活躍はすでに耳にしましたよ。見事に夜盗ヨルガン兄弟を捕まえたそうですね。おめでとうございます」
 一生懸命内心の動揺をひた隠しながら、ベム大臣はその場を何とか取り繕う。
「ありがとうございます。でも、その件で来た訳ではありませんので、その話はまた今度にしてくれますかベム大臣」
 本題に入れなくては困るので、ルイアは笑顔でベム大臣を一蹴した。さすがにそう言われては返す言葉がないので、ベム大臣は大人しく黙り込んだ。
 それを確認したルイアは、今度はグラザーン国王ににっこりと微笑む。その自然すぎる笑顔にグラザーン国王はある種の危機感を覚えた。
「ところで、グラザーン国王。ツイール国王子より親書が届いたようですね」
「ぎく」
「何でも、その内容がとんでもないことだったそうですね」
「ぎくぎく」
「その親書、わたしにも見せていただけます?」
 微笑みを崩さず、ルイアが訊く。
 悲しいかな。娘には弱いグラザーン国王だった。
 それに加えて、この親書の内容が必ずしもルイアに無関係とは言い難かった。いや、むしろルイアに関係あることだと言った方が正しい。
 ルイアはグラザーン国王から親書を受け取ると、迷うことなくそれを開く。
 そこには、ツイール国王子本人が書いたと思われる丁寧な筆跡で、こう記されていた。
『私はサンエルウム国の新しい王女を妻に迎えたい』
 実際の結婚はまだ先で良いが、今回の会談を機会にせめて婚約だけでも……と言うのがツイール国王子の意向らしい。婚約をしてしまえば結婚など時間の問題である。それに、婚約破棄をするためには両国の関係が悪化する場合があるので、よほどのことがない限り婚約破棄する者はいない。
 王族同士の結婚は、その二国間の信頼関係や主従関係を示すものであり、大きな意味を持っている。つまり、政略結婚である。
 知識として、そのようなことがあることは知っていたが、まさかこの自分に結婚を申し込んでくるような王族がいるとは思わなかった。ルイアはグラザーン国王の庶子であって、本当の王女ではない。そのようなルイアと結婚するより、血筋正しい王族同士で結婚する方が妥当である。
 だが、このツイール国王子はおそらくグラザーン国王の溺愛ぶりを噂で聞き、庶子であってもその王女を妻に迎えた方が良いと考えたのであろう。ツイール国内での反発は強いであろうが、ツイール国とサンエルウム国の外交関係をより親密にすることを最優先に考えれば、自然的にそのような結果となる。
「ふーん。なるほど。いやに強気じゃない。フィーザスも読む?」
 本当はこのようなことをしてはいけないのだが、ルイアはツイール国王子からの親書を無造作にフィーザスに手渡した。フィーザスはさっと目を通しただけで、無表情のまま、またルイアに返した。それを受け取ったルイアは元通りきれいに折り畳んで、グラザーン国王へ親書を戻す。
「ところで、グラザーン国王」
 丁寧な手つきでツイール国の親書を国王の執務机の上を滑らせながら、ルイアはここへ来た本来の目的を切り出しはじめる。
「実はこのツイール国王子なのですが、暗殺者に命を狙われているそうです」
「なんだとっ!?」
 そんなことを聞いてもいなかったグラザーン国王は思わず椅子から身を乗り出した。
 そのグラザーン国王に対して、冷静な声でルイアは応じる。
「確かな情報ですので間違いありません。本当はわたし、そのことで来たんですよ。ですので、グラザーン国王から特殊部隊へ一筆書いてもらいたいんです」
 だが、特殊部隊に一任するということは、ルイア自ら王子のところへ出向くということだ。グラザーン国王としてはあまり歓迎できない状況となる。
「そうすれば、ツイール国王子の件、親書の件も含めて、わたしがすべていい方向へいかせてみせます」
 確かにルイアならばできるかもしれない。しかし――。
 父親としては素直に納得できないものがある。ツイール国王子の件をルイア率いる特殊部隊に任せてもいいのだろうか。
「……陛下。ここはルイア様のおっしゃることが最良の策であると、このベムも思います」
 ルイアまでではなく、片腕とも言うべきベム大臣にまで言われ、グラザーン国王はとうとう承諾した。
 ツイール国王子の王都サン・タウンまでの護衛を特殊部隊に一任することを証明する、グラザーン国王サイン入りの委任状をルイアに渡し、最後に一言付け加える。
「くれぐれも無茶はしないようにな」
「わかりました」
 ルイアは一礼をすると、国王執務室を後にした。


 さすがにルイアたちの行動は迅速だった。
 国王の許可を得て戻ってきたルイアに、カノンは今回の件に関する情報をすべて書き出した紙を渡し、必要な手続きを行っている最中だった。ビオは食料関係の調達に行っており、自分の荷物はすでにまとめたという。それを聞いたルイアは、まずカノンの情報を元に、今回必要だと思われる道具をフィーザスと検討し、その調達に走る。その次に資金の申告と受け取りを行い、最後に自分の荷物の準備にかかった。
 グラザーン国王から許可をもらってから約一時間半後、出発準備を調えたルイアたちの姿が東門にあった。
「じゃあ、カノン……」
「はい。留守はお任せを。何か起きましたらいつもの鳥便でご連絡します」
「こっちも連絡するわ。それと、『東の塔』の内装も……。今回は使うと思うから、お願いできる?」
「わかっていますって。でも、どぉせルイア様の旅は長引くことになりますよね?」
「……カノン、すごく現実味がありそうな表現はやめてくれ」
 重い声でフィーザスが訴える。
 ルイアが自分から騒動に首を突っ込む性格なのは、フィーザスが一番よく知っている。しかも、いつも付き合わされるのはフィーザスの方なのだ。その事実を知っているカノンとビオは声を上げて笑った。
「せっかくの旅だもの。仕事もあるけど楽しんでくるわ。城の中にいようが城の外にいようが、わたしがわたしであることには変わりないし」
「それでこそルイア様です」
「じゃ、いってくるね」
「はい、いってらっしゃい!」
 カノンの明るい声に送られて、三人はサンエルウム城を旅立った。


 ルイアたちが城から旅立ってから数日後。サンエルウム国のある街で、同じく行動を開始した一人の男がいた。

序章 / 第2章

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