Crescent moon
発車のベルが鳴り響く階段を駆け降り、僕は電車に飛び込んだ。最終電車は席と吊り革がほとんど埋まるくらいには込んでいる。
何とか空いている吊り革を見つけ、僕はほうっと息をついた。
今日は大学の連中と飲み会で、気がついたら最終電車が出る時間になっていた。
「タクシーで帰ればいいじゃん」なんてアイツらは酔った勢いで気楽に言うが、バイトで食っている人間にそんな贅沢ができるわけがない。
ふと見上げると、週刊誌の吊り広告が目に入った。
『東京連続殺人鬼の謎と真実!』
『三日月夜に光る凶刃!』
とある。
このところ世間を騒がせている連続猟奇殺人鬼のことらしい。東京を中心に刃物による凶行を繰り返している。猟奇といわれるだけあってかなり残忍な手口らしい。今までに二十代の若者四人が犠牲になっていて、僕もそれなりに熱心に新聞やニュースを見ていた。
見出しに思わず鼻で笑ってしまう。
三日月夜に光る凶刃、なんて三文ミステリーのアオリじゃないんだから……。だいたいワイドショーでも三日月の日に犯行が行われているなんて言ってるけど、ただの偶然にしか過ぎないんじゃないか?
視線を下げると、今度は斜め前に座っている人の本のタイトルが見えた。
(『凍える牙』か……)
牙に刃物を連想してしまい、ちょっと怖くなる。本の内容には関係ないのに……。
読んでいるのは歳の頃三十と言った感じの女性だった。少しお疲れな表情はしているが、服も靴も化粧もバッチリで、いかにもやり手のキャリアウーマン風だ。
電車の中などで人が読んでるものは案外気になるものだ。ついつい横に視線をずらすと、隣の五十代くらいのサラリーマンは日刊スポーツを読んでいた。その前にいる高校生ぐらいのがっしりとした体格の少年はマンガを読んでいる。
僕も読んでいるやつだ。そういえば今日が発売日だったな……。明日の授業は三限で終わりだ。帰りにでも買っていこう。
「次は所沢〜、所沢〜……」
自宅の最寄り駅が近いことをアナウンスが告げてくれる。
また視線をずらすと、正面に座っている女の子がちょうど読んでいた本を閉じたところだった。歳の頃は十六、十七歳くらいだろうか。いかにも今どきの女子高生な格好をしている。本のタイトルは表紙にカバーがかかっていて見えない。荷物をごそごそあさっているところを見ると、この子もどうやら次で降りるようだ。
電車が大きくカーブしたため、本が落ち、カバーと本体が分離して僕の足元に滑ってきた。
「あ……」
彼女が手を伸ばすが、それを制して僕はそれを拾い上げ――硬直した。
『ナイフ術 持ち方から殺傷術まで』
それが本のタイトルだった。
思わず横目で週刊誌の見出しを見る。
連続殺人鬼、二十代の被害者、光る凶刃……。
僕の背筋を見えない氷片が滑り落ちた。
震える手でなんとか渡す。
彼女はにっこりと微笑んだ。
窓の外には鋭い三日月が光っていた。
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